背後にリザとハボックを従え黒いロングコートに身を包んだロイは、

黒光りする銃を天に掲げスカーを見据えた。


「一連の国家錬金術師殺しの容疑者・・・だったがこれで確実になったな。
 ・・・タッカー邸の殺害事件も貴様の犯行だな?」



ロイの澄み響く声にスカーは動じず、代わりにまだ膝を地に付いたままのエドがスカーを睨み上げる。
その様子をは横目で眺め、背を向けた。



やる事は終わった。
エドとアルが死ぬ、その危険性は少なくとも今の時点では消えた。


ここから先はロイに任せればいい。
はそう考えて、一歩を踏み出す。









しかしその歩みをロイの声が止めた。


抗えない響きには表情を歪め振り返る。
振り返ったその姿に、エドは息を止めた。


濡れる青。
降り注ぐ雨がの頬を伝い、それは涙のようで。


ロイは構わず、視線はスカーに向けたまま懐に手を入れた。
そして一枚の白い紙を取り出す。



それはがロイの執務室に置いた紙だった。
の目が限界まで見開かれる。



「どういうつもりか、とは問わない。だが受け取る事はできない」



絶対に、たとえこの喉を掻き切られることになっても。



冷たく無感情の声でロイは告げる。
それは純粋な怒りを含んでいた。



ロイの手の中にあるそれはセントラルへの移動願いだけを書かれた紙で、
の署名も成されていた。


端的で、だから尚更その思いの強さを感じる。


ロイはそれを強く、一度だけ握り締めた。このまま塵にしてしまいたい。そんな思いを込めて。



逃げるのは赦さない。これ以上自分を遠ざけるなんて赦せない。
幸せにすると決めた。護ると誓った。神ではなく己に。己の愛と誇りに。



ロイはおもむろにそれを大きく破り捨てた。
地面に落ち水分を吸うそれをどこか泣きたい気持ちでは眺める。



「覚悟しろ、。・・・・そこまでだ。逃げ道は徹底的に潰す」



繋がらない視線には舌打ちをした。忌々しい。
どうして自分の周りにはこうも優しい人間が多いのか。

自分の醜さを際立たせる。



「何度言えば分かる、ロイ。裏は裏に。表は表に。」

「生き方に違いがあるならただそれだけだ。踏み込むな」



の言葉をロイが続け、一句一言違わぬそれには言葉を失った。

足が震える。



「何度も聞いた。何度もだ。だが、もう私は見ぬ振りはしない。

 下品な言い方をすれば、“クソ喰らえ”だ。」


それでを救えるならそれでも良かった。ロイは下唇を微かに噛んで考える。

ただ現実はそう甘くはなく、ただひたすらは独りで絶望してゆく。
その重みも大きさも、誰にも譲る事無く。
そんな勝手は赦さない。




リザとハボックはロイの前に出てスカーに照準を合わせる。スカーは動かない。
エドも、アルも動けなかった。


「私は君を表とやらに引き摺り出す。」


冗談じゃない、とは言おうとしたが薄く開いた唇の間からは小さな嗚咽しか漏れなかった。
それはとロイの関係では負けを意味する。いつもの通りに。



「・・・勝手にしろ」



やっとの事でそれだけを零して今度こそは雨の中に消えた。
















スカーは逃げ、騒ぎが収まり、ロイやその部下たちが事後処理に奔走する最中。
エドは片腕を失った姿で宿舎に赴いていた。


固唾を飲んで建物を見上げる。


雨の中で見たの姿が脳裏に焼きついて離れない。
泣いているようなあの目が。


もしかしたら本当に泣いていたのかもしれないと思うだけで心臓が痛む。



ロイとのやり取りは、そのまま彼等の絆の深さをエドに思い知らせた。

正直に言ってしまえばエドは心底悔しく、また自分が情けなかった。



あの場でエドは護られ、慰められるだけだった。
引き出せたの表情は柔らかい笑みで、それは作り物で。

それを言葉と存在で簡単に覆すロイに羨望すら感じた。
それが更に情けない。エドはそう思う。

自然に俯いていた顔を大袈裟に引き上げ、エドは決意の光を目に宿し一歩を踏み出した。


に嫌われる事を恐れるのはやめる。それは不本意ながらもロイに習う想い。

踏み込むなと言われようが遅れをとるわけにはいかなかった。
何より、エド自身が願う。

を知りたい、と。

知って、そしてそれからの目を見て言いたい。

赦されなかったあの言葉を。





「・・・何の用だ」

「いや、開けろよ」


は扉を開ける事無く冷たく言い放った。しかしエドは怯まない。
この時点で怯めば勝ち目は無いとさすがに学習している。

ドンと左腕で扉を叩く。


「開けないならぶち破る」


本気で言った。そして暫らくの間を置いて聴こえるの深い溜め息。


「厄介な方向でロイに似るんじゃねえよ、クソガキ」


まあ、ロイの所に居れば会わないわけにもいかねえな、と呟いては扉を開いた。

真正面に向き合って視線が合う。ひどく懐かしい胸の高鳴りにエドは息を呑んだ。
動かなくなりそうになる足を叱咤して部屋の中へ進む。

後ろ手に扉を閉めれば、は背中を向け部屋の奥へと歩いていった。
そしてドサリとソファーに身を沈める。

エドに座る事を促しもせずは冷たく言い放つ。
その目は閉じられ全身を背凭れに預けている。

無言の威圧感。
エドは無意識に掌を握り締めた。


「で、何の用だ。・・・言っとくが、お前と関わるのを止めたのに変わりはないぜ」



「勘違いすんなよ。お前とロイは違う」


エドにとってこれ以上なく残酷な台詞をはわざと容赦なく叩きつけた。
予防線。これ以上心の内側を荒らされない為の。



立ち竦んだまま、エドは一度目蓋を閉じる。
俯きそうになるのを顎を引いて堪える。

そして口を開いた。



の罪って、何なんだ」



前置きもなく不躾ともいえるエドの発言にの目は瞬間に怒りを表した。
ゆっくりと上半身を持ち上げエドを睨む。


「・・・お前には、関係ねえよ」


以前に告げられた同じ断絶の言葉。
だけど今度はエドも引かない。

恐怖はある。に嫌われるだろうという恐怖はエドの小さな身体を苛むが、それでもエドは逃げなかった。
逃げようとするを捕まえると決めたからにはエド自身が逃げる事はできない。


エドの目を見据えたは鼻で笑い、野良犬を追い払うように手を払った。


「それを知ってどうする?何の必要がある。俺が俺の傷口を抉りながらそれを口にして、俺に何の利益がある。
 救いか?・・・許しか。そんなもの、俺が望んでると思うのか、お前は。消えろよエド。さよならだ」

冷たい青の目は急激に悲しみと絶望を映した。
きっとの目にはその記憶が鮮明に再生されているのだろうとエドは思う。

エド自身、身に覚えのある事。

忘れる事を赦されない罪。


もしかしたら自分はとんでもなく自分勝手なことをしているかもしれない。
エドはそう思って、けれどやはり俯きはしなかった。


自分勝手上等。どんなにが嫌がったってこの想いは消えない。



「それでも」


目を逸らす事無くエドは再び口を開いた。
嘘も躊躇いも無く、ただ一言を告げる。



を知りたい」



煌めくエドの金色の髪に、は溜め息をついた。
今日は負け続けだ畜生。呟く。


そして乱暴に頭を掻いて、強く目蓋を閉じて、何かを吹っ切るように開いて。









「住んでた村の連中全員を殺したんだ。・・・妹も、全部」








の言葉に、エドは声が出なかった。