エドが部屋を去った後、は倒れこむようにベッドに横たわった。
枕に顔を押し付け、意に反し溢れる涙を隠す。

シーツを握り締めた。いっそここでこの瞬間朽ちてしまえればどんなに楽だろう。

エドの声が絶えず脳に響き渡る。


「ちくしょう、勝手な事言いやがって・・・、何が“好きだから”だ・・・ッ!!
 ちくしょう、ちくしょう・・・・!!」


嗚咽を漏らしながら何度も吐き捨てる。
の虚勢は完全に打ち砕かれていた。ちくしょう。再び呟く。

隠した涙を暴かれる。
目を逸らしていた悲しみを叩きつけられる。
リィナを失った時にすら流さなかった涙をは数何年越しにやっと流した。

一度箍が外れれば、止める事などできない。
は長い時間、暗い部屋の中で泣き続けた。



コンコン。




宵闇も深く、音が消えるその時間。
の部屋の扉を何者かが叩いた。は扉の外の気配に飛び起きる。

そして形振り構わず駆け出し、扉を乱暴に開け放ってその人物に縋るように抱きついた。

躊躇う事無く背中に回される腕に、は再び涙を溢れさせる。


そしてその人物の名を呼んだ。



「ヒューズ・・・・!!」




それは、が唯一嘘も虚勢も無く接せる相手。
見栄を張らずに縋れる存在だった。


「ヒューズ、ヒュー・・・ッズ・・・!!」

子供の癇癪のようにただ一言を繰り返し呟きながらは腕の力を強めた。
そうする事であらゆるものを忘れたかった。

自分の中の闇も、醜さも、そしてそれを鮮明に浮き立たせる光の存在も、全てが。
を容赦なく傷つけた。

だがヒューズは、いや、ヒューズも。
ここでを甘やかしたりはしなかった。ロイとの会話を思い出す。









「暫らくを鋼のと一緒に行動させようと思う」

ロイの一言にヒューズは少なからず驚いた。

ヒューズの親友であるロイは、これで結構独占欲や束縛心や嫉妬心が強い。
そういう男が、傍目から見ても本気だとバレバレな相手を好敵手に一時的であれ預けるとは。


「鋼のはと同様各地を渡る。を司令部に閉じ込めておけない以上、監視をつけるしかない。
 逃げ道は徹底的に潰すと明言した。私は有言実行の男だ」

なるほど、と頷いた後、確かに自分達はを腫れ物扱いし過ぎていたかもしれないとヒューズは思う。
壊さないように傷つけないように、細心の注意を払い、だからこそ踏み込めなかった。


目隠しをしているだけの時間は終わりだ。ここでヒューズは全面協力を誓った。
もう沢山だ、と。ヒューズも思っていた。

絶望している、ただそれだけのを見るのはもう沢山だ。


「で、それでその後はどうする?結局それだけじゃ何も変わらんだろう。
 を縛り付けるだけでよ」

ヒューズの尤もな質問にロイはフン、と笑う。
尊大な笑みにヒューズは苦笑する。


「至極単純だ。・・・戦うのさ。には、それだけの価値がある。」










ヒューズは思い出しながら笑った。

ロイは自分こそが最後の砦だと信じて疑わない。
自分がそれを成さなければは救われないままだと。
だからああも必死に動くのだろう。信念とも言える衝動に動かされて。

実際はどうかなど無粋な話だった。


そしてヒューズは思う。
自分はその親友の介添え人となり、この少年を救おうと。


少し体を離し、ヒューズはの顔を見下ろした。
片目からしか流れていない涙。
それを異形だと罵る奴がいれば自分はきっと問答無用で殴り飛ばせるだろうと考える。

そっと祈るようにヒューズは目蓋を伏せた。

大切な
誰よりも幸せになれ。誰よりも。



少し屈んでと視線の位置を合わせる。
赤く腫れたの目蓋に慈しむ様に一度だけの口付けを落とし。


「もう逃げられないぜ、。残念だが俺はロイに味方する」


そう告げた。

目を見開き、更に溢れる涙を見せるに、ヒューズは少しだけ悲しそうに笑って
その身体を強く強く抱き締めた。















翌日の早朝。
自室の扉を開けた瞬間、は意識を失い何者かに拉致された。
それを偶然見かけた同宿舎に住む職員は後にこう語る。


を攫ったのは、筋肉山盛りの大男だった、と。









が目を覚ましたその場所は、動く列車の中だった。
暫し呆然としたは、窓の外を眺め愕然とする。見覚えの無い景色だった。

そして巡らした視界の網にかかった、目の前に座って気持ちよさそうに寝ているエドの襟首を無言で掴んだ。

頭を一度大きく後ろに引き。


「俺様を誘拐たぁイイ度胸してんじゃねえか鋼!!」

ドガツーン!!

全体重をかけた頭突きをお見舞いする。

「いってえええええええ!!?」

当然、エドは額を押さえ叫んだ。真っ赤になっている。
涙目でを見上げ、その形相に吃驚した。

鬼だったのだ。


「いや、ちょ・・・タンマ!!オレじゃねえって!!筋肉のオッサンが・・・・!!」

「筋肉?」


必死で弁明するエドの様子と、出された形容詞には振り上げた拳を下ろす。
心当たりがあったのだ。

「・・・・アームストロングか。」
苦々しくその名前を口にしては頭を抱えた。
その人物を、は苦手としているのだ。

因みに、アームストロングはこの時、丁度電話をしに席を外していた。

なにやらブツブツと呟きながら再び腰を下ろしたを、エドは額を擦りながら盗み見る。
そういえばオレ、告白したんだっけ、と思い出して赤くなった。

それにしても、もしかしたら先日の事でに徹底的に嫌われているかもしれないと思っていたエドは、
の態度の変化の無さに胸を撫で下ろした。

は諦めたように、窓枠に肘を着いて景色を眺めている。


「・・・で、どこに向かってるんだ。アルはどうした?」


「アルは、その、別の列車に乗っていて」

さすがにエドは、弟の名誉の為にとアルが家畜列車に乗っているのは伏せておいた。
はふうんと気の無い返事をする。そしてもう一つの答えを待った。


「向かってんのは、オレの・・・オレ達の故郷、リゼンブール」

流れる景色のその果てに視線を残したまま、はやはりふうんと気の無い返事をした。
少しガッカリしてエドは表情を曇らせる。何にガッカリしたのかはエド本人も良く分からないが。

しかし。


「楽しみだ」



の漏らした一言に、エドの機嫌は瞬く間に急浮上した。