エドはちょっとだけ、ほんの少しだけ。
正直言えばかなり大々的にだが本人曰く微かに後悔した。
を連れて来たことに。
「へえ、将来美人になるぜ。鋼には勿体無い」
「あ、ありがとう・・・」
自己紹介を終え、目の前で繰り広げられるとウィンリィの親密な会話にエドは頬を引き攣らせた。
同性に恋するというその苦労を今更ながらに噛み締める。
不道徳であるとかそういう倫理的な話以前に嫉妬の対象が増えるのだ。
異性を好きになれば多くの場合恋敵とみなすのは同性だが、
同性を好きになると恋敵は同性異性関係無くなる。
何では男なんだよ、とエドは初めて思った。
しかしそれでも自分が女になりたいとは思わなかった。
ついでに言えば、が女だったら良かったのにとも思わない。
結局のところエドは、もし誰かに「何故を好きになった?」と聞かれても
「オレがオレで、がだったから」としか答えられない。
そこがエドの不器用で良いところだ。
飾り無く紡がれる想いほど心を揺さぶるものはない。
高い空を仰いでエドは大きく溜め息を吐いた。
「んなーーーーーーっ!!」
家の屋根を吹っ飛ばせそうなウィンリィの大絶叫が響いた。
それもそのはず、彼女が丹精込めて作り上げた機械鎧(つまりエドの右腕)がものの見事に壊れているのだ。
庭に出ていたは大の字に寝転び、眩しそうにしそうに目を細めて太陽を見た。
ウィンリィとじゃれ合うエドの声をどこか微笑ましく思いながら聴き、空を背負う鳥に視線を移す。
そこから俺に近づくなよ。そう、思う。
エドや、ロイ、そしてヒューズが
何故自分にそうまでして関わるのかにはまだ理解できない。
そこまでの価値を自分に見出せないでいた。
自身が望んでもいない事を必死で成そうとしている。
途方もなく遠い未来を夢見ている。
俺は十分なんだよ。
は瞼を伏せた。
ここからでも、彼らに光が注いでいるのがわかる。
だから俺はここでいい。
見ているだけでいいんだ。
「・・・・つうか、何だオマエ」
は苛立ったように上半身を起こした。
というのも感傷に浸るの顔を覗き込むように、一匹の犬がの視界を遮っている。
左前脚が機械鎧の犬。
「犬は嫌いなんだよ」
は不愉快そうに呟いて犬の頭を乱暴に撫でた。
そしての腹の上に頭を乗せて寝だしたその犬を振り払うこともなく
再び寝転んでも瞼を閉じた。
匂う風に、いい夢が見られそうな予感を抱きながら。
エドは慣れない義足でヒョコヒョコ歩きながらを探していた。
機械鎧が直るまで三日はかかるといわれ(本来は一週間はかかる)、
しかし何もしないのは性に合わないエドは母親の墓参りに赴こうと考えている。
本来アルと行くべきだがアルは今だ動ける状態ではない。
その為エドは最初一人で行こうと思ったが、アルは
「じゃあ僕の代わりにと行ってよ。に、僕の分頼んで」
と言ったのだ。
弟の気の使い方にエドは心の中で平伏した。
そして素直にを探している。
エドとしてもと話したいことは山ほどあったし、
それを抜きにしても好きな人と二人きりになりたいのは当然だった。
そしてエドはを見つけ固まることになる。
「・・・・犬、嫌いじゃなかったのかよ・・・・」
腹にデンを乗せたまま寝るの傍らに座って、エドは呟いた。
なんとも微笑ましい光景にエドの頬が緩む。
綺麗だとか恰好良いとか日頃思ってはいてもを可愛いと思ったのは初めてで
何度もの体に触れようと腕を伸ばしては引っ込める。
愛しすぎて触れたいと思ってもまだ自分にその権利はない。
「・・・・」
まだ、自分は“名前”で呼んですらもらえていない。
エドはそっとの名を呼んだ。
「」
は寝息も微かで、ふとした瞬間に“死”を連想させる。
そっとの口元に手を翳して呼吸を確認した。
その瞬間。
ベロリ。
「ッツ!?」
何か生暖かくて柔らかく濡れたモノに掌をなぞられ、エドは息を止めて手を引っ込めた。
見ればいつの間に目を覚ましたのか、の目は開き太陽の光を反射していた。
青を映す青。
愉快そうに笑って舌を出している。悪戯が成功して喜ぶ子供のように。
(・・・・舌?)
エドは暫く考え、そして気づいて一気に全身赤くなった。
舐められた!!と。
「んな、・・・な、にを・・・・・!!」
「舐めた」
「言うなーーーー!!」
取り乱すエドと平然と笑う。
しかし内心エドは「暫くの間は手を洗うのは止そう」とか考えていた。
「で、どうだって?」
「え?」
「中央にはいつ行くんだ」
エドはそこで、ああそうだった、と思い出し事の経過を話した。
一週間かかる作業をウィンリィは徹夜で頑張って三日で仕上げてくれるということ、
そしてを墓参りに誘いに来たこと。
は寝転んだまま黙ってそれを聞いていた。
「・・・墓参りね」
「あ、別に嫌だったら良いんだけど」
「アルの頼みだからな、いいぜ。行くよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
何だよソレ明らかに贔屓だろ!!
・・・と、エドは内心で叫んだ。が、面と向かって抗議する度胸もなく苦し紛れに話題を変える。
「犬嫌いじゃなかったのかよ、」
エドの言葉には欠伸をして「あー・・・」と気のない返事をした。
どっちなんだよ、とエドは思う。
は視線を動かしてデンを見た。
ニヤリと笑う。
「・・・まあどっちかって言うと大嫌いだな」
「デン、離れろ!!」
慌ててデンを抱え上げたエドには大笑いして大きく伸びをした。
そして立ち上がる。
「お前に似てるだろその犬」
「・・・え・・・・?」
背中を向けて告げられた声にエドは体の自由を失った。
デンを抱える腕から力が抜け、デンは地面に降りてそのままに駆け寄った。
足元に擦り寄るデンを見下ろしは再びデンの頭を撫でる。
「機械鎧。似てるだろ」
「・・・あ、ああ・・・・」
「だから腹枕くらいは許してやるさ」
「・・・・・!!」
エドは今度こそ完全に体中の力を失い真っ赤になってその場に座り込んだ。