目的の場所に向かう道中、エドとの間に会話は無い。
それが心地良くもあり、また居心地が悪く、エドは複雑な思いを巡らせていた。

先程の事を思い出す。


にしてはあり得ないほどに甘い言葉と優しい態度。
それは今のエドには刺激が強いのと同時に不信感を与えた。


優しくして、甘やかし、油断させて心で突き放す。
そんな風に思えたのだ。
疑心だろうかとエドは思う。つまらぬ杞憂だろうか。
やはり自分はただ近づけたのか。

それとも。


望んでも易々と答えは与えられず、だからといって面と向かって問うことはできない。
それは自分の弱さだとエドは思う。
惚れた弱みだと思い込めれば楽だが現実はそう甘くできては居ないということを知っている。

傷つかないための予防線は、疑うのが一番早く効果的だ。
けれどそれに甘んじてしまえば後は澱むばかりで進めない。


前へ。

今より少しだけ良い明日へ。









自分の後ろを、花束を加えて歩くデン。
こういうのは何か可愛いな、とは誰にも気づかれないように微笑んだ。
それもこれも前を歩く豆に似ているからだろうか。


愛する・・・愛したきんいろ、の、少年に。





「・・・何だよ」

エドは背後から突き刺さるの視線に頬を染めて、足を止め振り返った。
目に飛び込んできたの姿に胸を揺らがす。
儚く脆い幻想の姿。

エドは体に電流が走ったように思った。


抱きしめたい。かき抱きたい。けして誰にも奪われないような力強さで。



「あれ、エドワード。帰って来てたのか」


しかしその衝動は突然掛けられた懐かしい声に打ち砕かれた。
「あ、ああ・・・久しぶり」
半ば上の空で応えながら拳を握り締める。

何を考えているんだろうか、自分は。
ほんの少しだけ己が恐ろしくなりエドは目蓋を伏せた。


歩けば歩くだけエドの知り合いが次々と声を掛けてくる。
その数の多さにはいい加減苛々していた。ちっとも目的地に近づかないのだ。
今もエドは牛を連れた中年男性と話し込んでいる。

これだから田舎の空気は嫌なんだ。は近くの岩に腰を下ろし足を組んでそれを眺めた。
誰もかもが知り合いで無関心さが無くて、息が、詰まる。



自分の村もそうだったな、と思い出す。
無言で縛り付けられような互いが監視し合う空気。

その空気を優しいとか柔らかいとか思えるならそいつはイイ奴なんだろう。
後ろめたいものを持たない素直な人間。そういう奴だろう。



「俺は違う」


だから今もこんなに逃げ出したい。



「何が違うって?」



会話を終えたエドがに近づき声を掛ける。
は取り繕うように笑った。


「さっきのオマエの知り合いの少年の成長具合と、オマエの現状。」

「チビって言うな!!」

「言ってねえよ。今から言うんだ、ドチビ」

「くきーーーー!!」

顔を真っ赤にして暴れるエドを冷静に見詰め、
それでもどうせ数年もすればコイツも背が伸びて、もっとずっと大人になる、と考えた。


そして、どんなにナニカが変わっても
エドの金色の髪はずっとこのままであって欲しいと、そう、祈るように思った。


目の前に広がる極彩色。その輝きは幾重のおもいで。


「髪、さー」

「え?・・・ああ、また髪かよ」

「またって何だ」

「いっつもオレ見る時は髪が中心じゃん。」

「・・・そうだっけ」

「そうだよ」


憮然とするエドをよそにはそうかもなあ、と適当に頷いた。

「で、髪が、何」

「切らねえの?」

エドは言われて、自分の三つ編みを摘まんだ。
切ったほうが良いと言われるなら切ってしまおうか、なんて簡単に考える。
そこまで髪型に執着は無いのだ。

「・・・、切った方がいいと思う?」

「別に」

「ナンダソレ」

肩透かしを食らい項垂れたエドを見て小さくほんの少しだけ笑い、は立ち上がる。
腰に手を当ててグキリと背中を鳴らした。
風が良く通る、いい天気。

「俺の趣味は関係無いだろ」

「・・・・・」


冷たく響いた声にエドは下唇を噛んだ。
だってオレは、言ったんだ。が好きだって。


文句を言おうとするエドより先にが口を開いた。


「早く行こうぜ。いい加減、陽が暮れる」

「・・・あ、ああ・・・・」


エドは言葉を飲み込んでの隣に立ち歩き始めた。
小さく文句を言いながら、真っ直ぐに前を向いて。


だから、冷たくエドを見るの視線に気づかなかった。









墓前に花を供え、すぐ傍の焼け落ちた家の跡地に二人で並ぶ。
エドはそっと隣のを盗み見た。

何を考えているのか分からない、無表情。
もしかしたら何も考えていないかもしれないとエドは思った。
脳が思考を勝手に遮断することは偶にある。

そういう時、脳を占めるのは記憶だ。それも特上に最悪な。

実際それはドンピシャだったが、ここでエドはをそっとしておくべきだった。

エドはにとってやはり優しすぎたのだ。
に必要な無関心さは無く、暴かれる。

痛みを。


、あのさ・・・・あの」

「何」

「・・・オレ、本当にが好きだからさ・・・

 だから教えて欲しいんだ。もっと、沢山いろんな事を。

 知りたいんだ。抱え込むなよ。
 
 ・・・に幸せになって欲しいし、できるならそれはオレが叶えたい。」


「・・・・・」


はゆっくりと微笑んだ。
胸の中で何かがチリチリと音を立てて燃えてゆく。

ゆっくりと、体ごとエドと向き合う。


「優しくなっただろ、俺。」

「・・・え?」

「優しくしてるだろ?突き放そうとして、そうできたのにしていない。

 これまで以上に態度と言葉でお前に甘く接してる。」


は心底嘲るように顔を傾けてエドをねめる。
その姿にエドは気圧されながらも眉を顰めた。

言葉の意図が分からない。
そういう様子のエドには言葉を続ける。



「好きだって言ったのはそういう事だよな?
 
 優しくされたい、好かれたい。そういう感情だろ?」


「な・・・!」


さすがにエドは顔を真っ赤にして、一歩、に踏み出した。
あんまりだ!


「これ以上俺にどうしろって?どうしたら踏み込むのを止める?どこまでいけば満足するんだ?

 俺がお前に抱かれれば気が済むのか?  

 土足で無作法に人の内面踏み荒らす真似をどうやったらやめるんだよ」


、オレはただ・・・!」


「グチャグチャうるせえんだよ!!」

「・・・!」


エドは初めて、の大きな声を聞いた気がした。
ビクリと体を震わせて目を見開く。



「何が“好きだから”だ、なにが、“幸せになるしか許されない”だ!! 

 何も知らねえガキが口挟んでんじゃねえよ!!」


怒鳴られながら、エドは“怖い”とは感じなかった。

小さな子供の癇癪のように、ただは怖がっているのだと分かったからだった。
幸せになる事をただ純粋に。

ずっと独りで生きてきてこれからもそうだと信じていたのに突き崩されて
どうすれば良いのか分からないのだ。

かなしいひと。

エドはそっと、強く握られたの拳を左手で包んだ。
小さく震えているそれが、更に悲しい。

大丈夫だ、と教えてあげたい。
何が、とか関係なくせめて自分の腕の中は安心だとそう信じさせたい。

は強く目蓋を閉じた。
そうしなければ重力に逆らえない涙が落ちてしまう。
そう思った。


「俺と生きたことの無い奴が俺の何を理解するって言うんだ?無責任な事ばかり言って、今更・・・・!」






今更。
俺にどうしろっていうんだ、リィナ。

こんなにもお前を鮮明に甦らせる奴に出会って、俺は。




この血に汚れた掌で何を掴めば良い?






「・・・・探しましたよ、絢爛の錬金術師 


エドの背後に現れたその人物には目を見開き、
そして次の瞬間にはどこか心底安堵したように微笑んだ。  


  
光は遠退き闇が戻ってくる。

優しく目蓋を覆う暗闇が。