を追いかけようと駅に着いたエドは、列車までの時間を使ってロイに電話をかけた。
ロイの執務室直通の番号を乱暴に押して、呼び出し音に苛つく。
ガチャリと受話器がとられた瞬間エドは口を開いた。
挨拶も何も抜きで。
「大佐、訊きたい事がある」
『なんだね鋼の』
落ち着いたロイの声にエドは更に苛立った。
まるで優劣を目の前に見せ付けられたようで腹が立つ。
「は、何をしてるんだ」
『・・・どういう事だ』
「今日、さっき、軍の人間がリゼンブールに来た。と話して、は消えた!
・は“化け物”ってなんだよ!?
軍の狗として人を殺し続けてるって、なんなんだよ、大佐!!」
分からない事ばかりで、けれどそれを直接訊く事も許されない。
エドは追い詰められたように声を荒げた。
何も知らずにただ側に居るだけで満足なんて甘えた行動はエドにはできない。
先程の軍人の言葉がエドの脳を駆ける。
を化け物と呼んだ声が。
ガン!と、エドは近くの壁を殴って声を詰まらせた。
『・・・そうか』
ロイはゆっくりと椅子の背凭れに体を預けた。
そこまで追うのか、と歯噛みする。
薄汚い連中め。どこまで追って、縛り付けて、利用する気だ。
の傷と力と優しさを。
ロイは怒鳴り散らしたい衝動を抑えて口を開いた。
『鋼の。の名を聞いたことがあるかね』
「なん・・・」
『に出会う前に、絢爛の錬金術師という名を耳にした事は?』
「・・・・」
エドはかつて抱いた自分の疑問と、あの軍人の残した言葉を思い出した。
(軍部の汚穢を一身に引き受ける捌け口を担っている)
そして頭の中でなにかがカチリと組み合わさる。
汚穢。
捌け口。
化け物。
軍の狗。
ひとごろし。
押し黙ったエドの思考を寸分の狂いも無く見透かしてロイは全てを肯定した。
『その通り。は、軍の命令によって軍の不安因子を消す役目を負っている
始末に困った汚職や殺人を擦り付け、軍はに命令を寄越すのさ。
殺せ、とね。
それはが軍に入ってから長く請け負ってきた裏の世界。
の名が知れないのはそれが理由だ。
裏側に住むを知る者はもっと上層の限られた人間か、死んだ人間。
そしては被った血を隠し、何事も無かったように表に顔を見せる。
表の人間はただ人よりも目立つしか知らない。
だからこそ絢爛の名は知れ渡らない。
全ては、いつか最後にはあらゆる泥を被せ消せるようにという軍の配慮なのだよ』
「・・・・!」
『正義の名の下に。虚妄の大義名分を掲げ、軍の暗部をあの体一つに引き受けているのがだ』
「どうして!!」
どうしてが。
どうしてひとりが。
どうしてそれを知っていて、大佐は。
エドの中に疑問が飛び交い、それはすぐに怒りに変わった。
握り締めた受話器に向かって怒鳴りつけた。
『言い方は悪いがに生に執着がないから、気軽なのさ。誰も良心の呵責など感じない』
感じそうな人間には刷り込むのだよ。
・は化け物だと言った軍人のように。
ロイは吐き捨てるように言い放った。
「気軽だと・・・!?」
エドは、今目の前にロイが居れば本気で殴りかかっただろう。
耳に響いたロイの声を掻き消すために。
ロイは小さく溜め息をついた。
これだからガキは、といった風に。
それが更にエドの怒りを煽る。
『落ち着きたまえ、鋼の』
「落ち着けるか!!」
『落ち着け、鋼の!君は何の為に私に電話してきた!』
「・・・っ」
ロイの怒声にエドは肩を震わせた。
知るために。それは、現実を把握するためだった事を思い出す。
気に喰わないから、納得いかないからといって撥ね付けるのはただの我儘な子供だ。
『が、それを承諾している。従順に軍の狗として死ぬ最期を』
「承諾・・・?」
『ああ。だから私や君や、ヒューズの干渉さえもは許さない。』
何らかの取引があったと、ロイは考えている。
と軍部上層部の間で交わされた密約があるはずだ。
ロイは口元で緩く笑った。
上等だ、と心の中で呟く。
そんなもの叩き潰すだけだ。
『さて、そこで問題だ、鋼の』
「・・・?」
『この私がを手放して君に預けた真意は?』
「っ!まさか、大佐・・・!」
『さあ頑張って見張っての仕事を邪魔してくれたまえ!わはははは!』
ガチャーン!
ロイの高笑いと共に切れた電話。
「な、・・・あんの狐えーーー!!」
エドは顔を真っ赤にして受話器を睨み、叩き戻した。
受話器を戻した電話機を眺めてロイは頬杖をつく。
「さて、大人は大人の戦いをしようか」
一先ずは、そう、自分で告げたとおり全ての起因であるの過去を暴こう。
ロイはそう考え、にバレたら半殺しだな、と苦笑いした。
「・・・・ここ、か」
エドはリゼンブールから離れ、とある町の建物の前に居た。
列車を使って数時間、あたりは既に暗闇に包まれている。
受け取った紙をぐしゃりと握り締め、エドは瞬く星を見上げた。
そして短く息を吸って、吐く。
ロイの言葉に従うのは癪だが今の時点でエドにできることは他に考えられない。
エドは思う。
ひとりにさせない。
「」
この名が胸を打つ限りは。