屋上では短時間で掻き集めた資料に目を通していた。

「・・・」

月明かりだけを頼りに読んでいたそれをパサリと膝の上に落として小さく息を吐いた。
そして胸元を探り、以前ハボックから横取りした煙草とライターを取り出す。
咥えて火をつけ、眉を顰めた。

湿気っている。


咥内に広がる独特の後味の悪さに苛立ちながら煙を吐き出し、再び資料に目を落とす。

そこにはある脱走兵の名前から経歴の全てが載っていた。
そして軍の使いから渡された資料と見比べる。

「薄汚い真似しやがって」


軍内部の資料には、男にあらゆる罪が加えられていた。



始末に困った汚職や殺人を擦り付け、軍はに命令を寄越したのだ。

殺せ、と。



何度も何度も、は軍の命令通りに人を殺し続けてきた。
各地を飛び、息をするように殺してきた。
軍の言う、正義の名の下に。


しかし実際がこうして独自で調べてみれば、
男はただほんの少し軍の裏側に足を踏み入れ、そしてその汚わいの深さに耐え切れず逃げただけだった。

良心に従って誰も巻き込まず、傷つける事無く。

自分はこうして幾度、知らない事を、無知を理由に罪も無い人を殺してきたのか。
は思って、強く拳を壁に叩きつけた。

利用されていることは知っている。
利用されているからと自分の罪が無くなるわけではないとは思った。


ゆっくりと青い月に銃を翳し、冷たく笑う。

誰も近付かないで。
誰もこの胸の中に入らないで。
そっと冷たく祈るように思う。

傷つけて突き放すしか、返す方法を知らない。


はどうしてエドが自分を好きになったのか判らない。
だからどうすればエドが自分を嫌うのかも判らなかった。

どんなに拒絶してもエドはその手を差し出し
甘く騙そうとしても、騙されてはくれない。



「頼むよ」

希う。



愛しいヒューズ。
優しいロイ。
愚かなエド。


俺はこの闇の中から護るから。
ずっとここから、見ているから。



「俺をもう、捨ててくれ」




深い絶望を、誰からも意識されないあの自由を。

孤独を。




かえして。






乱暴に開け放たれたドアの向こう側に現れた、月光に反射する金色に。

はゆっくりと銃口を向けた。








「・・・

「何しに来た」


向けられた銃口を意に介さず近付くエド。
その姿は徐々に月光に照らされてエドの顔がの視界に映る。

「止まれ」

微妙な距離を残してエドは足を止める。
腰掛けたままのはそれでも銃口を下ろさず照準をエドの額に合わせたままだった。


「何しに来た、鋼」


冷たく言うをそっと見詰めて、エドは飾らず口を開く。
どんな虚勢も今は必要なかった。

「・・・オレは」

ただひとりにはしたくない、とだけエドは思っていた。
巧く説明できない感情に突き動かされてけれど冷静さを失ったわけではなく。

寧ろ、酷く冷静にエドは思う。
理性を総動員して、その結果叩き出された答え。

が好きだ」

「まだ言うのかよ、それを」

心底嫌そうに、侮蔑するように笑うにもエドは心を痛めなかった。


「好きな人は幸せにする」

「俺が迷惑だと言ってるんだぜ」

「そんなのは関係ないんだ、オレが、決める」


勝手な言い分に、はカッとなり立ち上がった。大股で近付きエドの額に銃を突き当てる。
表情は泣きそうな、怒った顔。


「テメエは要らねえと、言ってるんだ・・・鋼」

引き金に掛ける指が震える。
指を引けば、甘い悪夢は終わる気がした。


しかし圧倒的な現実感を匂わせてエドが告げる。



「でもオレにはが必要なんだ。だから死なせないし殺させない。
 幸せにする代わりに傍に居る。・・・これは、オレが決めたオレの勝手なんだ」




ドンと銃声が鳴り響き、エドの頬に熱い塊が掠る。


頬を流れる生暖かい液体よりも
縋る様に自分を抱きしめるの腕が熱くて、エドはに腕を回して思い切り息を吸った。




鼻から喉、そして体中にの匂いが染み付けばいいと思いながら。
























ロイは有能な部下と己の権力を駆使して掻き集めた『』に関する情報を目の前に
拳を握り締め、歯を食いしばり、表情を限界まで険しくして震えていた。

そのロイの様子に部下一同は固唾を飲む。
しかし同時に、深く同意していた。
隠されたの過去のその真相は、あまりにも酷かった。

利用と束縛と嘘。
この世の穢れたものが塗り固められているようだった。


「大佐」

リザがそっとロイの握られた拳に手を添える。
ハッとしてロイは手を開き、その瞬間血が滴った。

強く握られた掌は、内側に爪が喰い込み皮膚を抉っていた。

「・・・くそ!」

忌々しそうにそれをリザの視界から隠してロイは吐き捨てる。

は絶望して当然だと思った。
それを弱さだというには、ロイは自分があまりにも無力だと思う。

何もかもが幼いを裏切り傷つけそしてそれは今も続いていて。
自分は何も知らなさ過ぎたのだと、その現実にロイは愕然とする。


知ったつもりでいた。
の過去も罪も絶望も、知ったつもりで、そして潰せるつもりで。

けれど本当は。


「どこまで愚かなのだ、私は!!」

ロイは全身の力を込めて机に拳を叩きつける。


心のどこかで納得していた。
が妹を失った悲しみと狂気に満ち人を殺したのだというその言葉を、どこかで。
それは確かに事実だったのだろうと。
疑いもせずに。

信じさせるあのの虚ろな目の光を作り出したのも全てが軍の業であったのに。

「作り上げられた罪に縛られるを、見抜けもしないで、幸せにするなどとよく言えたものだ」


悔しさと悲しさと怒りに頭がおかしくなりそうだと思いながら
ロイは机に落ちた自分の血を指先で拭った。






見つけ出した真実は語っていた。

は村人の誰一人殺してはいなかったのだと。

全ては、全ては。


軍が被せた血だった。