「、ひとつだけ聞かせて欲しい」
「・・・・」
「本当に、村人を殺したのか」
ほんとうに、が。
「ああ」
迷いの無いの返答が、逆にエドの中に疑問を生む。
何かがおかしいと、感じていた。
夜が明ける前に二人はリゼンブールへと戻る。
その間エドはずっとの手を左手で握っていた。
がどんなに迷惑そうな顔をしても頑として離さず、手を引くようにの前を歩く。
振り返らず真っ直ぐに前を見て。
そんなエドの背中を暫く眺めていたは俯いて、
繋がれた手が嬉しいと思った。
そう思った瞬間には、急に泣き出したくなったけれど。
次の日、エドの機械鎧の修理が終了した。
結合作業をする間は違う部屋で電話を借りていた。
相手は、に仕事を持ってきた男。
『それでは、滞りなく仕事は終えたと。』
無機質な声が耳に響きは目蓋を微かに伏せる。
「・・・ああ」
本当は、は誰も殺さなかった。
殺す前にエドが現れて、できなかった。
(違う、それは、言い訳だ)
受話器を握る掌に力を込めて、は思う。
エドが居ても居なくても殺す事はできた。
例えば今からでもいい、殺しに行くことはできる。
それをしないのは。
できないのは。
『ご苦労様です。では、そのように上には報告します』
あからさまなの嘘を、男はそのまま受け入れた。
は眉を顰めて、壁に背を預ける。
離れた部屋から響くエドとアル、そしてウィンリィの声に少しだけ胸を締め付けられながら、
日の当たらないこの部屋が、どこか、心地良いと思う。
草が匂う、空気が。
懐かしい場所を思い出させる。
「なあ」
『はい』
「何でアイツを寄越した?」
何故、邪魔をさせるような真似をした?
なぜ、俺の嘘を嘘と知っていてそれを見逃す?
は落ち着いた声音でさらに言葉を続けた。
「俺は殺戮者で、救われない異形のもの。化け物だ。・・・だろ?」
『はい。そう教えられました』
「なら」
『何を信ずるか、それを己で考えた結果です。私は自分を信じました』
「後悔するぞ」
『いいえ。』
男は心の底からそれを否定した。
自分は後悔しないように生まれ変わると決めたのだ。信仰も、信条も殴り捨てて。
『貴方は化け物じゃない、人間だ。』
「・・・どうなってんだ・・・」
通話の途切れた受話器を握って、は呆然と呟いた。
電話を終えて外に出てみれば、
新しい腕と足をつけたエドとエドに体を直してもらったアルが組み手をしていた。
ガキは元気だな、と何となくが近付けば。
「・・・・電話、終わったのかよ」
手を止めて視線を向け、不機嫌そうにエドが言った。
エドにしてみれば本当は視界からが消えるだけで今は不安で
正直に言ってしまえばいつでも昨夜のように手を繋いでおきたくて。
さらに白状してしまえば、昨夜の手がほんの少しだけ握り返してきたような気がしていた。
まるで離さないで欲しいといわれたようで。
それは、思い上がりかもしれないけれど。
そんなエドの思いを知ってか知らずか、は無造作に微笑んだ。
光に透ける微笑にエドは息を止める。
アルはそんな兄に、微笑ましいような情けないようなそんな複雑な気持ちになった。
「早速組み手か?」
「・・・ああ、うん。最近体動かしてなかったし、兄さんの動作確認も兼ねて」
「じゃあ相手してやろうか」
の何気なく放った言葉に、エドとアルは驚いた。
エドは大きな目をさらに大きく見開いて声を上げる。
「が・・・?」
「強いぜ、俺様は」
いやそれはスカーの一件で良く分かっているけれど、とエドは思う。
でもまさかが、面倒臭がりながそんな提案をするとは予想だにしておらず
寧ろ想像すらしていなかったエドは返答できずに固まっていた。
「・・・・ああ、そうかよ。邪魔したな」
そのエドの様子に思い切り不機嫌な顔になった。
わ、馬鹿兄さん!!とアルはハラハラしながら見守る。
踵を返し足早に立ち去るの背中にエドはハッとしてやっと呪縛から逃れ、慌ててを追いかけた。
「わあ!違う、悪い、違う!!そんなんじゃねえって、驚いただけで!」
「兄弟水入らずで楽しんでろ」
「だああああ!!違うんだって、誤解・・・・・!」
必死に食い下がるエド。
しかしふと、言葉が途切れた。
の背中が小刻みに震えている。
そして。
「・・・・く、くくく・・・・・あはははははは!!」
の笑い声が響き渡った。
が、大声を上げて。
笑ってる。
エドは自分が夢を見ているのではないのかと一瞬疑った。
こんな風に子供のような表情で笑うは初めてで。
いつもはもっと、どこか悲しそうに微笑んでいたのに。
「冗談、相手してやるよ・・・エド」
「・・・え?」
(今、オレの名前)
反射的に見上げたエドの目に飛び込んだ、の青い目。
その表情は目だけでそっと微笑んでいて。
確かに昨日までのの笑顔は嘘だったのだとエドは実感した。
「それで、君の名は」
ロイは突然東方司令部に訪れた男を前に、表情を険しくして尋ねた。
男は美しい形の唇を動かす。
「イリスです、マスタング大佐」
「階級は」
「私に階級はありません。」
「・・・なに?」
見たことも無い軍服を身に纏ったその男に、マスタングの背後に立つリザは静かに銃を手にした。
しかしロイが視線でそれを止める。
「必要としないのです。我らは軍の暗部を司るが故に表舞台との接触を避けます。
そういう立場には階級は無意味です。」
「では何故、私に接触を?」
「私は過ちを犯しました。過ちは償うのが道理です」
「・・・・君は」
真っ直ぐに背筋を伸ばしてイリスは言った。
「マスタング大佐、私は自分の正義の為に貴方を巻き込みます」