エドは咄嗟には声すらも出なかった。
なんとなく、では答えられない響きがの声にはあってエドは沈黙する。
暫らくはエドを見詰めていたが、やがて軽く息を吐いてもう一度神像を見上げた。
まるで始めから答えなど期待していなかったようなその素振りにエドはカチンとした。
「ゼッテェいつか完璧に答えてやる・・・」
負けず嫌いな性格からか誰にも聞こえないようにエドは呟いた。
国家錬金術師同士ならここで別れても再び会う可能性は高い。
エドはそれが純粋に嬉しくもあった。
(・・・何でだ?)
理由は見当付かなくとも。
それからロゼを残し三人で教会を後にした。
傾き空を黄昏に染める太陽に眩暈を引き起こしそうになりながらは伸びた自分の影を見下ろす。
ボンヤリと考えるのは、もう遠い昔に失った宝物。
もしも祈るだけで取り戻せるなら。
もしも自分の持つ何かを、あるいは全てを差し出して取り戻せるなら。
躊躇わず自分は・・・。
そこまで考えては軽く頭を振った。
思考を全て払拭するように。
少し前を並んで歩くエドとアルの背中を俯いたまま上目遣いで眺めると、すぐさまその視線に気付いたエドが振り返った。
「は宿はもう決めたのか?」
無意識でも子供らしい仕草で聞いてくるエドには内心微笑みながら首を横に振る。
「適当に見つけるさ。こんな辺境じゃ宿もガラガラだろ」
「じゃあさ、。ボク達と同じ宿にしなよ!」
ガシャンと音を立てて近付き言うアルには一瞬眼を見開いた後ニッコリと笑った。
その表情にエドは見惚れ、その後ハッとして顔を逸らす。
西日のおかげで顔が赤くなったのはもアルも気付かない。ホッとしながらもエドは達の会話に耳を傾けた。
「同じ宿、ねえ」
「うん!明日町の広場でコーネロって人が見れるらしいから一緒に行こうよ」
「あー、それはいいかもな。俺も任務上そのオッサンは拝んどきたいし」
その会話に、エドはふと思い出す。
は国家錬金術師。
それでは仕事というのはまさか自分達が探しているアレと関係するのでは・・・。
「の任務って・・・?」
エドは心臓を騒がせながら聞く。
はエドの言葉にゆらりと眼を揺るがしてエドを見据えた。
「馬鹿ガキ。そう簡単に任務内容話す軍人がいるか」
心底馬鹿にしたように口元に笑みを浮かべ言い放ったの態度にエドはカッと頭に血が昇る。
「ガキ扱いするな!!」
「自分をガキだって自覚しないし認めないのが何よりガキだって証拠だ、ガキ」
「だって俺とそう歳違わないだろ!!」
「・・・・・」
エドの言葉に、は瞬間言葉を止めた。
顔に笑顔を貼り付けたままエドを見る。スラリと、背中の刀を抜き放って。
「鋼。何歳だ?」
「じゅ・・・・十五」
「ふうん、十五。十五ね」
ニコニコニコ。
更に笑みを深くしては刀の切っ先をエドに向ける。
アルはオロオロしてその場を行ったり来たり。
エドは。
(こ、怖ええ・・・!!)
の、笑顔から滲み出る黒いオーラを間近で見て完全に呑まれている。
「俺はな、鋼。年相応に見られないのが大嫌いなんだ」
そう告げた瞬間の表情が一転、鬼神と化した。
「俺は二十一だこのクソガキがあああああああああああああああ!!!!」
「ぎゃあああああああああああああああああああああ!!!」
宿までの道程、捕食者と獲物エドの鬼ごっこは続いた。
「スイマセンデシタ」
「よし、許す」
宿の一階、食堂で三人は同じテーブルを囲み夕飯を食べている。
やはり宿に客は少なく、達以外に食堂にいるのは従業員だ。
エドはに容赦なくボコボコにされ、タンコブだらけの頭を擦りながら憮然として謝った。
結局の分の宿泊費及び食費をエドが負担するという事で話は決着が着いたが・・・。
ガツガツガツガツガツガツ!!!!!
外見からは微塵も想像できないの食べっぷりにエドもアルも唖然として見入った。
既に三人前の料理を平らげたは勢いを削ぐことなく次々と料理に手をつける。
エドは青褪めて、テーブルの下で財布の中身を確認した。
「よ、良く食べるね、・・・」
アルの控えめな言葉には両腕を止めアルに顔を向けた。
「おごごばんぐば、ぬぐぐぐぐぐ」
「ああホラ、飲み込んでから喋らないから・・・」
口いっぱいに食べ物を含んだまま喋り喉を詰まらせたに、アルは優しく背中を擦りながら水を差し出す。
ムカ。
エドは食後の紅茶を飲みながらその光景に眉を顰める。
「・・・はー。サンキュ、アル。だから、男は良く食べて良く動くべきだっつったの。」
「うーん、そうかなあ。・・・あ、、口元にソースついてるよ」
「ん?おお、悪い」
「違う違う、反対側」
「んー」
甲斐甲斐しくソースを指で拭うアルと、無防備にそれを受ける。
ムカムカムカ。
空になったカップを手に持ったままその光景に更に眉間の皺を深めるエド。
(なんだよ、アルの奴。に優しすぎるんじゃないか?
大体もアルには態度違うぞ・・!!)
気に喰わない。不愉快。苛立ち。
エドはそれらを無性に感じながら、それでも口に出すことは出来ず黙って二人を睨み続ける。
それにまず気付いたのは弟でありエドの性格を誰よりも理解しているアルだった。
「兄さん、ヤキモチ?」
「ブフォア!!!」
「うわ、汚え」
突然かけられたアルの言葉にエドは、口に含んだまま飲み込むのを忘れていた紅茶を勢いよく噴出す。
はそれをヒョイと避けて(料理の残った皿も持って)エドをニヤニヤと見た。
「ヤキモチねえ」
「ち、違う!!何言ってんだアル!!」
「ええー、だってそうでしょ」
「違う!!」
エドは顔を真っ赤にして勢い良く立ち上がりドカドカ食堂を出て行く。
「兄さん、どこに行くの?部屋は反対・・・」
「風呂!!!」
アルの声にも振り返らず、大声で返してエドは去っていった。
残されたとアルは顔を見合わせ笑う。
しかし。
「鋼も可愛いな。弟離れできてないのか」
「え、ちが・・・・」
「?」
どこまでも報われず憐れな兄に心の中で合掌しながら、アルは“なんでもない”と苦笑いを零した。
「なんっか、ムカつく・・・!!」
宿の雰囲気からしては意外に広く綺麗な風呂で、湯船に深く浸かりエドは呟く。
理由は分からない。
分からないが、なんだかとアルが仲良く話しているのは見ていて腹が立つ。
「ヤキモチ・・・」
エドはアルに言われた言葉を反芻して再び顔を赤くする。
「・・・どっちにだよ」
自分でも判断しきれずエドは呻いた。
に妬いたのであれば弟離れができていない。
アルに妬いたのであれば、自分はを・・・・。
(ない!!それはない!!)
そこまで考えてエドは極限まで顔を赤くして頭を振った。
そして。
「百面相だな、鋼」
背後から聞こえた、エコーのかかったの声に。
「!!!!!!!!!」
文字通り、固まった。