の手作り料理を狂喜して平らげたエドは、そのまま手近なソファーで眠りについてしまった。
食後の一服をしていたは煙草を咥えたままそれを黙って見下ろす。

「?・・・どうしたの、
不審に思ったアルが声をかけるとは「ああ」とやはりどこか上の空な感じで返答してエドを指差した。
視線が注がれるのは間抜けな程無防備なエドの寝顔。
「腹、出てる」
「あー。ほんとだ、兄さんったらいっつもこうだ!」
「・・・・・。」
プンスカ、と呆れるアルに隠れて微笑んだはそのまま自分の上着をエドに掛けた。
その動作にアルは固まる。

「・・・え。あ、あの、?」
「なんだ」
スパー。紫煙を吐くその姿はいつものなのだけれど。
「兄さんに優しいね、急に」 
アルの言葉には煙草を吸う動きを止めた。ゆっくりと青の眼を持ち上げる。
そして囁くような声音で返事をした。

「そうか?」
「うん・・・」
「そうか」

ふ、と。
から滲むように漏れた笑みは、どこまでもただ本当に優しさしかない。
アルは暫く呆然として、それからエドをゆっくりと見下ろした。

「起きてる時に、も。そんな風に分かり易く優しくしてあげればいいのに」
「そいつは勇気が要る話だな」

の呟きはいつもどおり何もかも諦めているようで、けれど響きは今までに無く前を向いている。
多分きっと、目を逸らし続けた光を視界の端に捉えたのだろうとアルは思った。
恐々と、怯えながら、それでもは。

(兄さん。ボク、兄さんが誇らしいよ。)

アルは声無く囁いて微笑んだ。







翌朝、玄関前でピナコと話し込むエドの背中を少し離れた場所に立って眺めながら、
は自分の故郷を思い出していた。

そして無言のまま右目を隠す眼帯に触れ息を吐こうとして、やめる。

顔を上げてエドを見れば案の定一瞬で視線が繋がる。
繋がった瞬間にエドは顔を赤くして逸らしてしまったけれど。

ふ、とが微笑む気配を背中で敏感に察知したエドは更に紅潮して、
誤魔化すようにエドはピナコに向き直り口を開いた。

「じゃあ、世話になったな」
「ああ、気をつけて行っといで。」

歩き出すエドとアル。
それに合わせてとアームストロングも歩き出す。
その背中にピナコの言葉が優しく投げられた。

「ボウズども、たまにはご飯食べに帰っておいでよ」

素直に頷くアルとは対照的に憎まれ口で返すエド。
アームストロングは微笑ましそうに肩を揺らし、エドに優しく語り掛ける。

「迎えてくれる家族・・・帰るべき場所があるというのは幸せなことだな」
「・・・へっ、オレたちゃ旅から旅への根無し草だよ」

エドの返答を最後まで聞かないうちに、の、エドよりも一回りは大きい掌が触れた。 
ポフッと一瞬だけ、頭に乗せられてすぐに離れる。
思考停止したエドは足を止め、はそのままエドを追い抜いて肩越しに振り返った。

「ちゃんと大事にしとけ。最後には、帰ってこれるように」

が触れた位置に自分の掌を重ね、呆然と立ち尽くしながら、徐々に遠ざかるの背中を見詰るエド。
そのエドの脳を現実に引き戻したのは背後から響いたウィンリィの声だった。


「エド、アル!いってらっさい」



真っ赤な顔を見せたくなくて振り返る事はできなかったが、エドは片手を挙げて「おう」と応え走り出した。
小さくなったの背中に追い付き、とりあえずは、隣に。

いつか来る最後には、の手を引いてここに帰って来れればと思い描きながら。









「別行動!?」


中央に向かう列車の中で、エドは血相を変えて叫んだ。アルもアームストロングも顔色を変えている。
ただ一人、本人だけは涼しげな表情を崩さないままだった。

「俺も少し用事があるからな」
「そんなの別行動にしなくてもいいだろ!?」
「うるせえよ、んなのは俺様が決める。」

こんなところは一切変化ナシかよ、と項垂れてエドは拳を握り締めた。
窓の外の空は青い。どうしようもなく快晴。

「それとも何か、エド。お前まで俺を縛るのか。」
「・・・・・ッツ」
「逃げるわけじゃねえよ」

だってそれでも、ほんの少しでも隙を見せたら居なくなってしまいそうじゃないか。
エドは苦々しく思いながら、ゆっくりと掌を開いた。内側に残る爪の痕が感情の激しさを物語る。

急激に冷める脳でボンヤリとその痕を見下ろしながらエドは静かに目蓋を伏せた。

(多分今、も。オレが手を離せば、簡単に終わる。)

だからエドは自分に対し妥協は一切許さない。
決意したように顔を上げて、真正面からを睨んだ。


「縛る。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

これには流石のも絶句した。きっかり五秒絶句して、それから「ガキの成長期は怖いな」と零した。
出会った頃と違いすぎるじゃないか。

「他のものなんか全部取っ払って、“オレ”が縛る。」

エドは一瞬も視線を逸らさず、また逸らさせないままで言葉を続けた。
ほんの少し眩暈を感じながら、ゆったりとは口を動かし始める。

「それが俺の幸せだって?」
がそれを決めるまでは、そうだ」

とんでもねえガキに好かれたもんだ。
はガックリと項垂れてもう何度目かの負けをひしひしと全身で感じ取った。
一度負けるともう駄目だな、と、どこか幸せそうに。




「ちなみに、。別行動でどこに行きたかったの?」
別行動を断念したにアルが問えば、は急激に上機嫌になって。

「ヒューズの所に決まってるだろ」

などと言ったものだから。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ちゅう、さ・・・」
エドはそれから数時間、中央までの道程をかなり落ち込んだまま過ごすのだった。
嫉妬で死ぬかもしれないと本気で思っていたのはエドの秘密である。








場所は変わって、ヒューズ宅。
珍しく自宅に電話を掛けてきた旧友を相手に、ヒューズは声を震わせていた。


「・・・それ、は、本当なのか、ロイ」
「ああ。」
「・・・・・・・・・そんな」



悲しみは世界を巻き込んで伝染してゆく。
そんな風に、思えた。