「うっしゃあーッ!来たぜセントラル!」
「兄さん、ハシャギ過ぎ・・・」

セントラルの巨大な駅に降り立った途端大きく伸びをして声を張るエドと、それを明るく笑うアル。
その背後ではゆっくりと駅の内観を見渡した。

随分変わったものだ、と、懐古する。
もっともセントラルに居た頃はこんな風に景色を見ることも無かったけれど。
そんな余裕すらなかった自分は愚かしく、更には羨ましくもあった。
心惑わせるものが何も無かったあの頃は今よりずっと楽だったから。

「・・・、?」

いつの間にか足を止めて佇むに気付いたエドは、その瞬間少し慌てた足取りで駆け寄った。
乱暴にの手を撮り繋ぐと口をぐっと噤んで見上げる。
その視線が不安がる子供のようだったので流石にも呆れ、エドの額を空いた手でペチリと叩いた。

「いてっ」
「お前は・・・逃げやしねえから、離せ」
「フン、信じるかよ!隙作ったら逃げる気満々のくせに!」
「よく聞けクソガキ。俺様が本気で逃げようと思えばテメエに隙があろうと無かろうと関係ねえんだよ」
「・・・・・・・・・」

それは全く疑いようの無い事実だった。
エドは沈黙してそのままを凝視する。その瞳には不可解な輝きがありは眉間に皺を寄せる。
そして数秒遅れで自分の失言に気付きエドの手を振り払って後退ると片手で口元を覆った。

「・・・・・・・・・・、ッ!!」

口にした言葉は、エドが気付いていなかったもう一つの「事実」を露見させた。
の顔色は少し青褪めているがエドはそれに気付かない。

、それってつまり」
「黙れっ」

エドの言葉を遮って、混乱する思考をフル回転させる。

(何を、何を口走ってるんだ、俺は)

“本気で逃げようと思えばテメエに隙があろうと無かろうと関係ねえんだよ”

(それじゃあまるで、傍に居る事を望んでいるみたいじゃないか。)
(望んで、ここに居るみたいじゃないか。)
そこまで考えては脳が冷えるのを感じた。

実際そうなのだろう、と思った。
自分はきっと暖かいこの場所に居たいのだろう。

けれどそれは絶対に誰にも知られてはならない。
望んでる事を知られ、許され、受け入れられてはならない。
優しい人の優しさに触れ過ぎれば、また自分の立ち居地を見誤る。

自分は「裏」で生きると決めた。

・・・怖がるなよ」
「・・・、何、を・・・」

エドは表情を正して一歩踏み出した。
再びに触れようとするエドの手には身を硬くする。

「アームストロング少佐!お迎えにあがりました!!」

指先がに触れる直前に凛とした女性の声が響き渡り、エドの手が届く事は無かった。
後にエドはそれを後悔することになる。








中央司令部に向かうアームストロングと駅で別れ、入れ替わるようにエドの護衛についたのは二人の軍人だった。
マリア・ロスという黒髪の女とデニー・ブロッシュという金髪の男。
スカーが捕まっていない今、エドのような名の知れた錬金術師が一番危険な立場なのだろう。

「ここまで来てまた護衛がつくとはなー・・・」

不満そうなエドを尻目にアルが「宜しくお願いします」と頭を下げる。
マリアはにこやかにそれに応えながら、チラリと離れた場所に立つに視線を向けた。
怪訝そうに眉を顰める。

本人よりも先にその視線に気付いたのはエドだった。

「・・・何、ロス少尉」

不満とほんの少しばかりの疑心を抱いてエドが口を開くとマリアは途端に背筋を伸ばした。
それくらいの威圧感がエドから滲んでおり、マリアの隣に居たデニーも表情を硬くする。

三人の空気に気付いたは冷たい視線を寄越したが、やがて辟易した仕草でエドの後頭部をド突いた。
ガコン、と響く見事な音。

「痛え!」
「手当たり次第喰いかかってんじゃねえよ、ガキ。」

頭を抱えて降り返るエドを容赦なく睨んで、視線はすぐに流れる。
向かう先はマリアとデニー。

「初めまして。絢爛の錬金術師、だ。
 マスタング大佐直属の部下だが訳あって鋼の錬金術師と行動している。」
「錬金術師・・・・!?」

の言葉にマリアの顔色は一気に青褪めた。
ビシイ!と敬礼して冷や汗を流しながら口を開く。

「ご、ご無礼をお詫びします!」
「別にいい。」

本当に心底興味無さそうに視線を逸らすに、マリアもデニーも言葉を失う。

用意されていた車に乗り込み世間話が始まっても、
その後は無言を貫いたまま虚ろな瞳で窓の外を眺めていた。

脳裏に巡るのは過去だった。
暗闇の中でじっと蹲って此方を伺うような過去。


「あ、見えてきた!!」

突如車内に響いたエドの声には意識を引き戻され、エドの指差す方向を見るとそこには国立中央図書館が見えた。
荘厳な雰囲気を醸し出す大きな建物。その西側にある第一分館がエドの目的の場所だった。

しかし。

「・・・臭うな」

鼻を小さく動かしてが呟くと、マリアとデニーは表情を曇らせた。
空気の流れに運ばれるコゲ臭さ。
車を止めドアを開ければそれは更に濃密になる。

「・・・・実は、先日・・・不審火によって中の蔵書ごと・・・・」

エドは燃え落ちた第一分館の前で、暫くの間アルと並んで呆然と立ち竦んでいた。






「どうする。他を当たるのか」

真っ先に痺れを切らして二人に声をかけたのはで、エドは泣きそうな気持ちで振り返る。
どうして現実は思い通りに行かない上に意地悪なのだろう、なんて、内心愚痴を零していた。
けれど立ち止まる暇が無いのも現実。

「一応・・・本館に行ってみる・・・」
「じゃあさっさとしろ」
「・・・・・優しくねえ・・・・」

漏らした本音にはフンと鼻で笑った。

「優しくして欲しいのか?」

の言葉で思い出すのは不自然なほど優しかったの姿。優しくて、甘くて、そして遠かった。
それを思い出し、エドはゆっくりと首を横に振ってみせる。
あんなのは二度とご免だ、と、心底思っていた。

「いい。・・・優しくないのがだし」
「喧嘩売ってんのかテメエ」
「わあ!違う違う違う!!」

に胸倉を掴まれたエドは慌てて釈明するが、表情はなんとも緩んでいる。

「何ニヤニヤしてやがる、気色悪い」
「に、ニコニコだろーが!」

優しくない所が本来の優しさなのだとエドは何となく気付いていた。
甘やかさずに叱咤して、落ち込む暇さえ与えないような、そんなやり方。

ポイ、と簡単に離されたエドは胸元の皺を伸ばしながらこっそりと微笑んでいた。