「なんだよ不気味な奴。男同士で固まってたんじゃ混浴はどうすんだ。」
振り向かず固まったままのエドには笑いを零し言い放つ。その声は響き拡散する。
「“どうすんだ”って意味わかんねえし!!!」
必要以上に慌て、しかしそれでも動くことができず、唯一自由に動く唇に神経を集中させてエドは怒鳴った。


堂々と恥じらいも無く近付いてはエドのすぐ近くに腰を下ろした。
エドはその気配に慌てて下半身をタオルで隠し、体ごとの居る位置の反対側に逸らした。顔を真っ赤にして顔を合わせようともしない。
は浅く広い湯船に腰まで浸かって顔に湯をかけた。

「つうか、何で隠すんだ?さては自信が無いのか」
愉快そうに言っては背を向けたエドの肩に顎を乗せ、密着する。
そして三つ編みの解かれたエドの髪に指を通す。
「!!!」
の薄い胸の感触がダイレクトに背中に伝わりエドは言葉を失った。
(男同士男同士男同士!!!)
呪文のように繰り返すが何の効果も見られない。心臓が壊れたように大きく動き煩くて息苦しくて。
身動きすら取れない。

「ふん、顔が真っ赤だぞ。鋼」
耳元で囁くの声が脳髄に響きエドは眩暈を起こす。

視界が霞むのは湯気のせいだ。
動悸が激しいのは湯あたりをしたせいだ。
そうじゃなきゃ説明できない。

エドは必死に考えてなんとかから意識を外そうとする。
その様子を背後から覗く様に見てはにやりと笑った。

「・・・ガキ」

絶妙な低音で囁いてはヒラリとエドから体を離した。


が離れていくのを、ホッとしたような残念なような複雑な気持ちでエドは感じて息を吐いた。
心臓がまだ落ち着かない。
体温がある筈もない右腕と左足まで火照ったようだ、と、エドは顔を情けなく歪ませた。


少し離れた洗い場のイスに腰掛けたを盗み見るようにエドは見やる。
の丸めた背中にしなやかな筋肉が浮き出て、エドは一瞬目を奪われた。

湯気にぼやけてはいるが、鍛えられているのは一目瞭然。
そして細かな傷が体中についている。
それらを眺めて、エドはハッとして視線を逸らす。

(なに男の体ジロジロ見てんだ、オレは・・・!!変態か!!)


「・・・綺麗な金髪だよな、鋼は」
「・・・は?」


背中を向けたまま呟かれた言葉にエドは一瞬脳が付いてゆかず聞き返す。
の肩が少し揺れて、笑ったのだと分かった。


「金色、似合うな。好きなんだよその色。」

ザバー。

湯を頭から被り、はエドに振り向いた。
濡れて顔に張り付いた前髪の隙間から、普段は隠れたの右目が見える。


その色にエドは言葉を失った。
ビクリと一度だけ体が痙攣して湯船に大きな波紋を作った。
脳が一気に冷えるのを感じる。


深海を思わせる青の左目に対し、隠された右目は。
まるで漆黒のガラス玉。温もりも光も無いそれにエドの背中に寒気が走った。
そのエドの様子に気付いてはゆっくりと片手で右目を覆い隠した。

そして笑う。
口元だけでゆるりと。

「ああ、悪い。気ィ抜いてた」

そう言って立ち上がり出口に向かうをエドは見詰めていたが、の姿が見えなくなる直前にハッとして立ち上がり追いかける。
それはエドにとっても理解できない行動ではあったが、本能に従うようにに駆け寄り。
そしての腕を掴んだ。


「・・・何」


引かれた腕から、エドに移された視線も声音も、先程と微かに違い強張っている。
敏感に察知したエドは右目を押さえたままのの掌に指先で触れた。
ピクリとが反応する。


「・・・見えないのか」


エドの呟きには左目を微かに細める。
「・・・ああ、義眼だからな。」
「だから隠してんのか」
「別に俺は隠さなくても良いけど。・・・鋼みたいに、怖がる奴が多いとさすがに晒せないだろ。」

「オレは・・・の目なら怖くない」


は驚いたように目を見開きエドを見詰めた。
エドは怯まずの眼を見据え、再びそっとの掌を撫る。



ピチョン。


水が落ちる音がやけに大きく響く。



「なあ、・・・それってまさか・・・」
「俺もお前の機械鎧の感触は嫌いじゃない。」


エドの言葉を遮っては呟き、そして視線を下に落とした。



「でも、ガキはガキだな。」


いやらしく笑うの視線を辿り、エドは絶句する。





ーーーーーーーーー!!!!テメエーーーー!!!!!」

「わはははははははは!!ま、成長過程だからな!!気にするな!!」




エドの下半身に巻かれていたはずのタオルは湯船に取り残されていた。











「兄さん、そこまで怒らなくても・・・男同士なんだし」
「そうだぞ鋼、意識しすぎだ。俺に惚れたか。」
「違うわボケエ!!!」



次の日達は町の広場に集まった大勢の人間に紛れてコーネロのデモンストレーションを見ていた。
エドは大きなトランクの上に乗り、はアルの肩に乗っている。

「どう見てもあの変成反応は錬金術だよ」
「だよなあ」
アルの言葉にエドも頷く。

はそんな二人の会話を無言で聞き流しながらコーネロを眺める。
腹の中は既に煮え滾っていた。

(あれがコーネロ・・・教主か。脂ぎったオッサンだな)

奇跡。神。祈り。救済。
の憎悪する単語を尽く並べ言い放つコーネロは、すでにの中で徹底的タコ殴りが決定している。
問題はどんな理由をでっち上げ上司を丸め込むかだが。

(法則を無視した練成・・・こりゃでっち上げる必要も無さそうだ)
にやりと笑ってはアルの肩から飛び降りた。
そして周囲を見回しある人物を見つけ大きく手を振った。


「嬢ちゃん、昨日はドウモー」
「あ、貴方達は・・・」


に声を掛けられたのは、昨日教会に居たロゼだった。
エドもトランクから飛び降り歩み寄ったロゼに視線を向け、アルも顔を俯かせる。

「どうです、まさに奇跡の力でしょう。コーネロ様は太陽神の御子です!」

昨日あれだけに無下にされたにも拘らずそう言い放つロゼに、エドは慌てての顔色を窺った。
(・・・え、笑顔が怖い)
の怒りをいち早く察したエドはロゼがこれ以上を刺激しないように口を開いた。

「いや、ありゃあどう見ても錬金術。コーネロって奴はペテン師だな」
「っ・・!!」
その言葉にロゼが不快を表すがエドにはどうでも良かった。代わりにをチラリと見る。


満面の笑みで満足そうに頷くに、エドはこっそり息を吐いた。



「でも法則無視してんだよねえ」
「うーん、それだよなあ」


アルの声にエドは乱暴に頭を掻いて考え込む。
「法則?」
錬金術そのものを知らないロゼは頭に疑問符を並べる。その様子を見ては一変、優しく甘い笑みをロゼに向かって浮かべた。
それを見てロゼは顔を赤める。エドは不快そうに顔を顰めた。


「錬金術ってのは魔法じゃない。所詮人間が作り出すモンだ。
だから元手が必要ってワケ。錬金術ができるのは手間と時間、そして技術の短縮だ」

ロゼはの笑顔に見惚れたままその言葉を聞いていた。
どうしようもない苛立ちを我慢しきれなくなったエドは間に体ごと割り込みロゼを冷たく見た。
「つまり錬金術の基本は等価交換。何かを得ようとするならそれなりの代価が必要って事だ」
「ま、オッサンはそれを完璧無視してんの。どうしたモンかね」
はエドの行動に苦笑いしながらロゼに告げる。

「だから、いい加減奇跡の業を信じたらどうですか!?」


ロゼが叫ぶがもはやエドとアルは相手をしない。


「兄さんひょっとして」
「ああ、ひょっとすると・・・・ビンゴだぜ!」



コソコソと話し合う二人をは目を細めて眺め、そしてロゼへと向き直る。


「昨日はゴメンな?」
「・・・・いえ」
「なあ、案内してくれる?教主サマと話がしてみたくなった」
「まあ!やっと信じてくれたんですね!」
「あ、おねえさん、ボクも!」

芝居じみた口調でエドも加わり、四人で教会へ向かうことになった。




上機嫌なロゼとその後ろを歩くエドとアル。


三人の後姿を見ながらは遅れて続く。


「・・・バカな女」


詰まらなさそうに呟いては少しだけ足を速めた。