「ロゼ、よく見ておけ」

キメラを蹴り上げ、止めを刺したエドが言い放つ。
エドの衣服はキメラによって引き裂かれ、隠されていたエドの罪が。



暴かれる。




「これが人体練成を・・・神様とやらの領域を侵した咎人の姿だ!!」



エドの右腕。
左足。

そしてアルの体。


「・・・鋼の義肢・・・機械鎧!」
コーネロが漏らした呟きにはエドから視線を剥がした。


(持っていかれたのか、やっぱり)
推測は確定へと変貌し、その事実の重さを承知しているは祈るように目蓋を閉じた。

(おにいちゃん)

脳内に響く声に懺悔を繰り返しながら。









「降りて来いよド三流。格の違いってやつを見せてやる」
片手を上げ挑発するエドに再び持ち上げた視線を通わせは笑う。

自分とは違う純粋な光がエド達には、まだ、ある。
そう考えて、は自分とエドの距離を眺めた。

実際の、本質的な人としての距離はこんなものじゃない。
世の中の犯罪者に順位がつけられるように、また、咎人にもそれはある。


は自分の足元を見下ろし、小さく床を蹴った。
(きっと、線がある。俺と鋼の間には)

心が痛むのと同時にそれは救いでもあった。


「最大の禁忌を犯しおったな、小僧!!」

意味もなく勝ち誇るような声を上げたコーネロに、しかしロゼは視線をエドに捕らわれたまま呆然とする。
アルは小さく語りだした。


幼い頃に、失った母を何の疑いも無く練成しようとした。
その為に錬金術を学び、禁忌と知りながらそれだけを望んだ。
しかし練成は失敗。
エドは左足を、アルは体全てを持っていかれた。と。


「僕が意識を取り戻した時、目の前には血の海のにいさんがいた。
 にいさんは右腕を代償にボクの魂をこの鎧に定着させたんだ」

アルが口を閉じるとエドは自嘲的な笑みを零した。

「二人がかりで一人の人間を甦らせようとしてこのザマだ。
 ロゼ、人を甦らせるってことはこういうことだ」


は目を細め思い出す。
エドの声に催眠をかけられたように鮮明に。

「その覚悟があんたにはあるのか!?」

ロゼに叩きつけるエドの声音に隠れては誰にも届かない言葉を落とした。



「・・・・おにいちゃんは、幸せにはなれないよ」

ごめんな。



ただ愛したあの子には、この空気に溶けて届けばいいと願っていた。






「くくく、貴様それで国家錬金術師だと!?とんだ笑い話だ!!」
「うっせーんだよ、石が無きゃ何もできねえドサンピンが!」

子供のような言い争いには意識を引き戻し、ふむ、と顎に指を添える。

「じゃあ俺も笑い話になるのか。ふうん、オッサン、俺で笑うわけ?」

場にそぐわない軽口にコーネロとエドはに視線を移し、固まった。
コーネロにいたっては一気に顔中に脂汗を浮かべ顔面蒼白。

それほどまでに。

「なあ、どうなんだ?」

笑顔で見上げる、そのの青い目が。

(笑ってねえ!!・・・つうか、“俺も”!?)
エドはハッとしての隠された右目のあの暗さを思い出す。
もしかして。
いいや、違う。


やっぱり。


・・・・お前、も・・・・?」


エドの言葉にアルも気付いたのか、大きな音を立ててに向く。
ロゼも口に手を当てて目を見開いた。

ただだけが悠然と立ち、口元に深く笑みを浮かべたままだ。

コーネロは恐怖で気を失いそうになるのを必死で耐えながら無理矢理に表情を作った。
本能的な対処だが、コーネロ自身の精神を安定させる効果はあった。


「貴様ら、それで賢者の石を欲するか。これを使えば人体練成も成功するかもなあ?」

「勘違いすんなよハゲ!石が欲しいのは元の体に戻るためだ。
 もっとも元に戻れるかも・・・だけどな!」

狂気じみた笑みを浮かべ演説するかのように言うコーネロを冷たく一蹴するエドを横目に
はスラリと背中の刀を一本抜いた。


「くくく・・・神に近付きすぎ地に堕とされた愚か者どもめ・・・」

コーネロはの動作にも気付かず持っていた杖に手を添えて、機関銃を練成する。

大きな練成反応の音と光。

「ならばこの私が今度こそしっかりと神の元へ送り届けてやろう!!」

ドガガガガガガガガガ!!!
言うなりコーネロはエド達に向かい発砲した。

立ち上がった煙が晴れる前に、コーネロは銃口をに向ける。
が。

「・・・・な!!」


は居なかった。
そして代わりにコーネロの耳のすぐ上に冷たく無機質な感触と“ジャキッ”という音がした。



「さすが銃の腕いいなあ、オッサン。何人そうやって殺したんだ?」


段々と薄くなる煙の中から見えるその姿を、コーネロは顔を動かせず目だけを泳がせて視界に入れる。
階段の手摺りに腰掛け、足を組んでコーネロのこめかみに銃を突きつけるのは。

「貴様・・・・!!」
「ああでもこの距離ならいくら俺でも外さないぜ?」

いつの間にか刀で練成した銃を構えるだった。

ゴリ、と、コーネロのこめかみに銃口を捻じ込む。

「生きてるかー?鋼ぇ、アルー」
「ったりめーだ!!」
「大丈夫だよ」

が声を掛けると煙の中からエドは怒鳴り返し、銃弾で穴だらけになった壁の後ろから顔を出した。
アルは軽々とロゼを抱えて立っている。


(ふうん、咄嗟に練成したにしちゃ上出来)
はゆっくりとコーネロの耳元に唇を寄せる。

、出るぞ!・・・って何してんだ!!」

その光景の危うさに、エドは扉に向かい走っていた足を止めると大声で怒鳴る。
はその声に驚いて顔をエドに向けると困ったように笑った。そして先に行け、と手を振る。
エドは少し躊躇して、苛立ったように走り出す。

気配が遠ざかるのを確認しては息を吐いた。

(置いていきゃいいのに、バカなガキ。・・・いや、律儀って言うのか)


そして固まったままのコーネロの耳に

「俺は自分を正当化する気も毛頭無いけどな、それでもテメエみたいなクズに笑われんのは嫌いなんだよ。
 ・・・答えろ。俺を笑うのか、テメエが」

問いかける。

壊れかけたおもちゃのようにぎこちなく何度も頭を振るコーネロに冷たく視線を寄越して、
はエドを追いかけるべく銃を刀に戻し飛び降りた。








「・・・・何してんだ、鋼」

足を止めてが覗いたのは放送室。
コーネロが教義をラジオで流す部屋だった。

エドは部屋の窓際にある机に腰掛けている。
その表情は悪戯好きの子供そのもの。

「イイコト」
エドの様子と周囲の状況にはポンッと手を叩いた。
「ああ、そういう事か。性格悪いな、鋼」
「賢いって言えよ!!」

顔を赤くして反論するエドには笑う。
太陽を背にしたエドの髪が煌めく様をうっとりと眺める。

「アルは、ロゼと上にいる・・・」
「ああ、スピーカーが要るしな」

に見詰められ居心地の悪さに少し体を硬直させながらエドはを見返した。
頭を掻いて、何か話題を、と考え。
そこで先程のことを思い出した。

。・・・・禁忌を、犯したのか」


エドの言葉にはスッと目の光を消し、エドの目を正面から睨みつける。


「関係ねえよ、お前には」


その声の冷たさにエドは総毛立ち、直感した。
明らかな断絶の言葉。
これは。





自分は触れてはならないものに、触れたのだと。