それからは、チラリともエドに視線を向けない。
エドは自分の失言に後悔しながら、しかし何も言うことは出来ず離れた場所での様子を伺う。

嫌われた。

そう考え、エドはどうしようもなく自分を怒鳴りつけたくなった。
配慮の無さ、無神経さが今更実感できて、小さく唇を噛む。

(あんな風に、訊ける事じゃないのは知ってるのに・・・オレは)

口に出してしまえるような浅い傷ではないと、身をもって知っているのに。
自分は変に舞い上がっていたのだろうか、とエドは俯いた。

謝るにも、それすらも許されない空気が部屋を占めている。
今、口を開けば全てが崩壊するようなギリギリの状態で。

(・・・ごめん)

エドは心の中で呟くしかできなかった。








暫らくして、大きな足音と共にコーネロが姿を現した。
は一瞥して、興味なさげに視線を逸らす。

どうせ最後には殴り伏せると決めている。
今更コーネロの御託に耳を貸す気は、には無い。

今は、ただ。

(禁忌を、犯したのか)

エドの声が響く。

(禁忌を)


違う、とは脳の中で叫ぶ。

違う。

違う。

(俺の、罪は)



神の領域なんか知らない。
俺が償わなくてはならない罪は。


「・・・・」

は目蓋を伏せて思い出す。



咽せ返る鉄の匂いは、鼻の奥に染み付いて、まだ。


消え失せない。












「もう諦めたら?あんたの嘘もどうせすぐ街中に広まるぜ」



表面上心底面倒そうに呟くエドにコーネロは嘲笑を零した。
余裕の無い、切羽詰った様子で。


「ぬかせ!教会内は私の直属の部下だし、バカ信者どもの情報操作などわけもないわ!!」


エドは足元に延びたコードをチラリと見て、コーネロに視線を戻す。

「やれやれ。あんたを信じてる人達も可哀想な事だ」


「信者どもなぞ戦の為の駒だ!ただの駒に同情など不要!」

エドに触発され、熱に浮かされるように大声で語り始めるコーネロ。
エドは愉快そうに、は不愉快そうに表情を変える。

「それになあ、神の為だと信じ幸福のうちに死ねるなら奴らも本望だろうよ!

 錬金術と奇跡の業の区別もつかん信者を量産して、駒はいくらでも補給可能!

 これしきの事で我が野望を阻止できるとでも思ったか!!」



言葉に続け高笑いを響かせるコーネロに、は溜め息を吐いた。


こうまで詰めが甘く読みの浅い悪人も珍しい、と。

自分なら、と考える。


形振り構わず叶えたい願いが、今でももし自分にあるなら。

(黙して語らず。切り札は晒さずに。・・・ただ、万難を排除することのみを思考に組み入れて)

そこまで考えて、やめる。

コーネロよりもよほど自分が汚い人間に思えて、反吐が出る。




「ぶはははははは!!」

一通り語り終えたコーネロにエドが爆笑を浴びせた。
額に手を沿え、俯いて暫らく笑い続け。


「だぁーーーーからあんたは三流っつーんだよ、このハゲ!」

芝居の感想を語る口調で告げた。

も深く頷く。

「感謝しろよ、その分不相応な野望を止めてやったんだぜ?」


二人のセリフにコーネロは激昂した。


「小僧ら!!まだ言うか!!」

しかしエドはにんまりと笑って。





「これ、なーんだ♪」




手に握ったスイッチをコーネロにかざした。




スイッチからエドの足元、そしてコーネロの足元までコードが延び、その先にはマイク。

そしてスイッチから延びたもう一本のコードはエドの背後の窓から屋上へ、そしてアルの用意したスピーカーへ続き。





「まっ・・・まさか・・・貴様あーーーーーー!!!」





コーネロの大演説は、見事街中に響いていた。







「いつからだ!!そのスイッチいつから・・・」

「最初から。もー全部だだ漏れ」

「つうか気付け、能無し」


驚愕に震えるコーネロに、とエドの言葉が突き刺さる。


「このガキ・・・ぶち殺・・・」

コーネロは持っていた杖に手をかざし、銃へと練成するが。





「「遅ェよ!!」」





とエドの重なった声に遮られた。



練成した銃はエドに切り落とされ、の刀が起した風圧が鼻先を掠める。

ツ、と。

コーネロの鼻から唇へ、血が滴った。
その様子をは冷たく片目を光らせて一瞥した。


「汚ェ血。」



は口元にだけ笑みを浮かべて言い放った。



その声の冷徹さにコーネロは一瞬怯むが、歯を喰いしばり睨み返した。





「私は、私は諦めんぞ!!この石がある限り何度でも奇跡の業で・・・!!」


言いながら再び真っ二つになった銃に手をかざし練成しようとした。

しかしエドが身構えた瞬間。





バチイ!!





異音が鳴り響き。




「・・・っぎゃああああああああああああああああ!!!」



コーネロの絶叫が響いた。

は冷静に見据えたままマイクのスイッチを切る。


「うっ・・・腕っ・・・私の腕が!!」


蹲り叫び続けるコーネロの腕は、銃と歪に同化し、原形を留めていない。


「な・・・なんで・・・・」

エドは顔を青ざめて漏らす。が、それもコーネロの叫びに掻き消された。



「うっさい!!!」


苛立ってエドはコーネロの胸元を掴んで頭突きを喰らわせ、黙らせる。


「ただのリバウンドだろうが!!腕の一本や二本でギャーギャー騒ぐな!!」

「ヒイイイ・・・」

鬼の剣幕で怒鳴りつけるエドにコーネロは怯え、小さい呻きを漏らす。


は頭を掻いてエドの肩を指先で突付いた。



「鋼、賢者の石を見ろ」

の言葉にエドがコーネロの指輪に視線を巡らせる。
その瞬間、まるで風に撫でられた砂のように、賢者の石は指輪から外れ床に落ち。


文字通り、塵になった。



「壊れ・・・た・・・・」


コーネロの服を掴んだままエドは呆然と呟く。
そして腕に力を込め、コーネロを引き上げ怒鳴りつける。


「どういう事だ!!“完全な物質”であるはずの賢者の石がなぜ壊れる!?」

「し、知らん知らん!!私は何も聞いてない!!」

様子を遠巻きに眺めていたは腰に手を当て面倒そうに深く瞬きをする。

「偽物だろ」


そしていとも簡単に告げたの言葉にエドはゆらりとコーネロを手放した。
放心して、視界をあらぬ方向へ投げる。


「偽物・・・?ここまできて・・・やっと戻れると思ったのに・・・・偽物・・・・」


そしてコーネロに背を向けへたりと座り込んだ。




そして。



バチリ。


(お)


エドの、床についた手が練成反応の光を放つ様を見て、は数歩下がる。




「おい・・・オッサン、あんたよォ・・・街の人間騙すわ、オレ達を殺そうとするわ・・・

 しかもさんざ手間かけさせやがって、その挙句が“石は偽物でした”だあ?」



ズズズズズズズズズズ。

ふつふつと温度を増すエドの怒りに呼応するように、周囲に響く振動も徐々に激しさを増す。


そして床から練成され現れたのは。




巨大な、レト神の神像。





「ざけんなよ、コラ!!」




エドの背後に立つ巨大なレト神は拳を振り上げ。




「神の鉄槌くらっとけ!!」



怒り心頭で告げたエドの言葉と同時に、振り下ろした。











「とんだ無駄足だぜ、やっとお前の身体を元に戻せるかと思ったのにな・・・」


「ボクより兄さんの方が先だろ、機械鎧は色々大変なんだしさあ」


崩れ落ちた教会の瓦礫の中で、達はアル達と合流していた。
は気絶したコーネロを、興味が失せたような目で眺め、視線をロゼに移す。


ロゼは呆然と座り込んでいる。


「しょうがない、また次探すか・・・」

エドが溜め息を吐きながら立ち上がると、ロゼはエドに視線を向けた。



「なんて事してくれたのよ・・・これから、あたしは!何に縋って生きていけばいいのよ!!」


エドは冷たくロゼを見詰め。

は心底侮蔑するようにロゼを睨む。


「教えてよ、ねえ!!」


なおも叫ぶロゼにエドは視線を逸らした。


「そんな事自分で考えろ」


ロゼに向かい歩きながら言い放ち。


「立って歩け。前へ進め。あんたには立派な足がついてるじゃないか」


そして擦れ違っても、目を向けることはしなかった。


それを追うようにも足を動かす。


涙を流し黄昏の空を見上げるロゼに、声は掛けずに立ち去った。









「いやー。決め台詞カッコイイな鋼」

「決め・・・んなのじゃねえけど」


のからかうような言葉にエドは眉間に皴を寄せる。
僅かに、羨望の感情もあった言葉。
誇れるものじゃないと、エドは思う。


はいいのか?あのオッサン殴るんじゃ・・・」

「別に、いいだろ。どうせ・・・」

そこで言葉を止め、笑う。


「何だよ」

「別に。・・・ああ、そうだ、鋼、アル」


は足を止め、振り返ったエドとアルにパタパタと手を振って。






「ここでお別れ。俺帰るわ」





笑顔で、言った。