「か、帰るって・・・」

「任務だっつったろ?任務終了、帰還する。軍人の鉄則だ」

呆然とするエドには事も無げに言った。

「ちなみに所属は東方司令部。狐野郎の部下だ」

東方司令部。

狐野郎。

その二つの情報を組み合わせ、脳内で処理して。


「た、大佐の部下!?」


エドは絶叫した。









眩しい、とは呟く。

黄昏は朝日よりも身体に染み渡る気がする。

イーストシティに向かう列車を待ちながらプラットホームに佇む。

砂漠の熱気を微かに孕んだ生温い風が頬を撫でた。

顔に被さる長い前髪を鬱陶しげに払い除けては背後に意識を傾けた。


「・・・つうか、鋼。お別れだって言わなかったか、俺は」

「オレ達も列車に乗るんだよ!ユースウェルに行くの!!」

「ふうん、てっきり別れが寂しくて付いてきてんだと思ったぜ」

「だ・・・!!」


誰が。

そう言いたかったが、エドは言葉に詰まるだけだった。

そう的外れでもない事を身をもって証明してしまったエドにアルは哀れみの目を向ける。


「ま、生きてれば会えるだろ。お互い」

は可笑しそうに肩を揺らして笑う。

オレンジの光に照らされたの髪は光の粒子を纏い、燦然たる輝き。

エドは眩しさに目を細めた。


「・・・オレ結構東方司令部に顔出してるけどに会ったことねえし」


照れを隠し、わざと憮然として言う。

は当然だ、と頷いた。

「直属でも根無し草なのはお前らと大差無い。俺は裏方だからな。各地に飛んで任務を果たす。それが仕事だ」


裏方、という響きがやけにエドの耳に張り付いた。

聞き流したくはなかったが、考え無しの発言でに睨まれるのはもう御免だ。

エドはそう考えて、反応しなかった。


それは軽いトラウマにも似ている感情だったが、それも気付かぬ振りをした。


「じゃあ会えるかどうか分かんねーじゃん」

エドの言葉には鼻で笑う。

「何だ、鋼。そんなに俺が恋しいか?」

「馬鹿言うな」

そうだ、と言ったところで何になる。

吐き捨てるようにエドは思う。


「・・・会えるんじゃないか。多分な。生きて、会いたいと思えば会える。そんなモンだろ」

思いには、必ずと言っていいほど努力を要求されるが。

ただそれを苦とせず努力できれば高確率でそれは応える。100分の一の確率であれば100倍の努力でいつでも大当たり。

それが現実だとは思う。

確率に理屈を求めてはいけない。真に真理だ。

それにエドは努力が得意そうだ、と、は笑う。

なにしろエドは一度失敗したのだから、夢と理想を履き違える心配も無い。



「思うだけじゃ話にならないが、行動には結果が伴う。シンプルだ」


は嬉しそうに呟いた。エドは声に引き寄せられるようにの横顔を見る。

それは幻想に似ている光景だった。

昔、母に読んでもらった絵本に出てくるような夢物語の登場人物に重なる。

ただ違うのは。


の目にはただ絶大な現実感だけが漂っている。



「じゃ、またな」


列車の汽笛を遠くに聴いては振り向く。

エドはに歩み寄り左手を出した。

なんとなく、機械鎧の手でに触れたくはなかった。

聖域を汚す気がして。

しかし。


「・・・余計な気を使うな、ガキはガキらしく鼻垂らして虫でも追いかけてろ」

は不機嫌そうに、しかしどこか楽しそうに言ってエドの右手を少しだけ強く握った。


「・・・・また」


不思議と泣きそうになったのを堪えてエドは少年らしい顔で笑い、握り返した。










「あー、モシモシ。俺様だけど」

「・・・・、何度言ったら分かるのかね。名前を言いなさい」


イーストシティに向かう途中のとある駅では列車を降り、ホームの公衆電話の受話器を取った。

鼻歌交じりに懐から小さな紙を出し、その皺だらけの紙に書かれた番号を押す。


相手は勿論、上司である狐野郎。その名をロイ・マスタング。

焔の錬金術師である。

「名前言わなくても通じてんだろ狐目。細かい事気にし過ぎてると出世しない上にストレスで禿げるぜ」

「ストレスの原因である君が自覚しない事には改善の見込みは零だ。勿論、責任は相応にとって貰おう」

だけど。」

「結構。では報告を聞こう」


会話は二人にとって一種のゲームであり駆け引き。

短時間で明確な勝敗が決まり後を引かないそれを、当人同士が楽しんでいる。

は受話器のコードを引っ張り、地面に座った。

見上げる空は高く、青い。


「エセ宗教だったぜ。謀反を企んでやがった。ドサンピンもいいとこだ」

「それで?」

「教主は死んだ。後は知らねェ」


耳元で聞くの声に、電話越しとはいえ囁かれているような錯覚にロイは微笑む。

「死んだ?任務はあくまで調査だと・・・」

「あくまで、な。だが規律に殉じて死ねって?冗談じゃない」

「・・・・確かに。では、君がやったのかね?」

相変わらず喰えない人物だ、ロイは頭を掻いた。

「いや、最初は適当に理由つけて消してやろうと思ったけどよ。

 結論から言えば俺じゃない。」

(あの女さ)

蛇のような、毒を孕んだ女を思い出しは微笑む。

ただその微笑に柔らかさは無かった。


「俺としちゃ何の不都合もねえし?任務完了、詳しいことは帰って報告書で提出する」

ロイは複雑な表情をしたまま、呆れた様に息を吐いた。

「それで、セントラルからの任務も終わったのかね?」

ロイの言葉には短く息を吸い目を見開いた。

舌打ちをする。

その音は勿論ロイの耳にも届き、ロイは表情を険しくした。

は東方司令部所属とはいえ、軍のあらゆる方面から任務を受けている。

しかしその殆どの内容をロイは知らされないし、また、も口外しない。

ただ尋ねれば決まってこう言うのだ。今この瞬間のように。


「裏は裏に。表は表に。生き方に違いがあるならただそれだけだ。踏み込むな」


と。


またも一言一句違わぬ言葉を告げられてロイは眉を顰めた。

真っ当な任務でない事だけは分かる。わざと、が教えている。

その上で言うのだ。踏み込むな、と。

反問さえ許されない。


(気に喰わないな)


ロイは唇を噛み締める。


自分の部下が、自分の知らない所で、不透明な仕事をさせられる。


ロイにとって不愉快極まりなかったが、それ以上に軍の本質や汚泥を知っている為に何も言えはしない。

そういう自分も、まさに汚い軍人であり同罪なのだと気付いては腹が立つ。


その思考を、距離をものともせず読み取ったかのようには電話越しで笑った。


「土産話があるんだ。面白い奴に会った」


存外明るいの声にロイは表情を解して頷いた。


「楽しみだ。では帰還したまえ」

「了解。砂漠は地獄だったぜ、クソギツネ。ゼッテー殴る」

「・・・・と言いたい所だが働き通しではあまりに過酷だ。休暇許可を出そう。」

「じゃあテメエの家に居座らせてもらうけど?」

「やはり元気が有り余っているようだな。では報告書を楽しみにしている」


ガチャン。


受話器を置いては大きく背伸びをした。

最後の最後でやはりゲームをしてしまったが、それが自分とロイの正しい姿だとは思う。




「さーって。帰還、帰還っと」



上機嫌で立ち上がり、もう一度空を見た。









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努力は正しい方向に向いてこそ努力と呼ぶ。そんな感じ。