震える水の音を聞いた。
掴むことも出来ず拡散してゆく。

俺はゆっくりと、視界を広げる。
恍惚なまでの光の渦が体を染めるように包んでいた。
浸透してゆくそれはまるで、誰かの優しい想念。

(誰)


声を出そうにも音にはならずに微かな空気の振動にしかならない。
四肢の自由を奪われてただその流れに体を委ねる。


ふと、俺の中である名前が浮かんだ。
たったひとり、俺に今と同じように無条件の安堵をくれた人。
大切なヒト。何、よりも。


(・・・・リィナ?)


脳内でそう呼びかけたのと同時に、響く涼しい声を聴いた。
手の届かない所で。




                        幸せに、なって





愕然とした思いで俺は光の奥を見つめた。




                        おにいちゃん











                    プロローグ










宿屋の一室。
お世辞にも新しいとは言えないが、手入れの行き届いたその部屋では目を覚ました。
視界の隅に、皺だらけになった白のシーツが入る。
右手はそれを握り締め微かに震えていた。

(・・・応報ってヤツだな)

ボンヤリと考えてシーツを放し、隠すように掌を握り締める。
長く伸び目にかかる鳶色の前髪を左手でかき上げると、朝日に反射して金色に輝いた。


(アイツの髪は、綺麗な金色で好きだった)

は目を細めて光に透ける自分の髪を見詰める。


自分とは違う、純度の高い金色で、よく、似合っていて。
絵本に出てくるお姫様のように可愛くて、その存在がなくては生きていけないと思って。

何よりも大切に、あいしてた。




「・・・さて、と。砂漠越えだし気合入れていくかあ」


何かを振り切るように勢い良くベットから立ち上がり、窓を開けて町並みを眺める。その町並みの向こうには蜃気楼に揺れる砂の海。
辺境の町、リオールへ行く途中に立ち寄った町だ。
リオールは最近怪しげな宗教が浸透していると噂があり、内情を探って来いという上司からの任務。
立派な仕事ではあるが、はこの上なく乗り気ではなかった。

暑いのは嫌いだし、辺境も嫌い。
加えては。

(カミサマ、ね)

は無神論者である。

薄く笑いながら窓を閉める。


身支度を整え、僅かな手荷物を持って宿を後にした。


その腰には国家錬金術師の証、六茫星の銀時計。








国家錬金術師

二つ名を




絢爛の錬金術師








物語は運命に反逆する青年と、運命に立ち向かう少年の出会いで幕を開ける。