Marlboro
「好きな食べ物?」
「そう」
ここ最近続いているエドの質問攻めにいい加減ウンザリしながら
それでも律儀には考える。
考えて、「そうだな」と呟いた。
そう言えば自分は食事にさして拘りも無くて
腹が膨れればなんでもいいとか、その程度で。
(ああ、でも、なんだっけ・・・この間)
「この間、食ったヤツ」
「え?」
「・・・お前が俺の分まで買ってきて一緒に食ったやつ」
なんだっけ、とはボンヤリ思い出す。
凄く美味いと思ったんだけど。自分にしては珍しく。
なのにどんな味だったかなんてそんな簡単なことも思い出せない。
物思いに耽るの横顔に少しだけ見惚れていたエドは、ハッとして手を叩いた。
気だるそうに自分に移るの視線が、いとしい。
「それってタコ焼きだ!」
ああ、そうそう。
八つ足の軟体動物が茹でられて中に入ってる、ヤツ。
は小さく頷きながら、それでも思い出せない味の記憶を不思議に思った。
「どこに売ってたんだ?」
が立ち上がってエドに尋ねると、エドも一緒に立ち上がり笑った。
「案内しようか?」
「いらねえ。ガキじゃねえんだ、一人で行ける」
「・・・・・」
冷てえ、と拗ねてエドは再び座った。そして懐から手帳を取り出し白紙の項を一枚破る。
「裏路地に近いから、気をつけろよ」
細かく書かれた地図は、エドの性格をそのまま現しているようだった。
小さく苦笑いをして受け取って、は「女でもないんだぜ?」と意地悪く言う。
前より少しだけ大人になったエドは「知ってるよ」と微笑んでを送り出した。
ゆっくりと路地を歩きながら、並ぶ店を眺めていた。
すれ違う小さな少女の持った黄色い風船がちょうどの目線にあって、それは星の形をしていて。
(・・・ああ、悪くないな)
は口元で笑い、それから、少しだけ考えて。
(いや違う。・・・・いいな、だ)
例えば少し前の自分なら、こんな風に穏やかに景色を見ることなんて無かっただろう。
降り注ぐ太陽の熱に文句を言うばかりで、日陰の涼しさを思い出しもしないでいただろう。
張り詰めたの背中を叩き、肩を撫でて、深呼吸を促したのは。
「お前のおかげか、鋼」
調子乗るから、教えてやらねえけどな。と。
そんな子供みたいな自分すらどこか気恥ずかしくて、可愛いだなんて思えて。
は久々に見上げる空の眩しさに目を閉じた。
「いらっしゃい色男!10センズだよ!」
たこ焼き屋の店主は恰幅の良い女主人。
はフムと考えて意図的に最高の笑顔を浮かべる。
「じゃあ、二ついいか?可愛いお嬢さん」
「ガハハハー!あたしにその手は通用しないよ!二つで20センズ!まいど!」
「なんだ、残念」とはさして気にした風でもなく小さく肩を竦めた。
出来上がるのに五分掛かると言われたは近くに置かれていた古い椅子に腰を掛けた。
取り出したのは、赤い煙草の箱。
そこに綴られた文字は。
「おや、Marlboro」
「ん?」
「坊や、なかなかロマンチストじゃないか」
「なんだソレ」
軽く笑って火をつける。
肺を満たす苦い味が心地良い。
おや知らないんだね、と笑う店主を横目でチラリと流し見ては煙を吐いた。
五分後、できたてのたこ焼きを受け取っては首を傾げた。
こんな匂いだったか?と思う。匂いすら覚えていないなんて。
「どうしたんだい」
「・・・いや」
20センズ払って背を向けたは、ついでのように振り返り店主を見詰める。
そして短くなった煙草を指で挟んで、口から離した。
「Man always remember love because of romance only」
人は本当の愛を見つけるために恋をする。
Marlboro。
愛を謳う恋の詩。
「なんだ、知ってたのかい。ああやっぱりロマンチストじゃないか」
「コレを吸うようになったのは最近だけどな」
「ははーん。恋をしているんだね」
「ご想像にお任せする」
軽く笑って手を振り去ってゆく。
その後姿を眺めて、店主は大きく息を吐いた。
最後に見せた笑顔をもっと早く見せていれば、半額にしてやったのにと。
行儀悪くも歩きながら蓋を開け、まだ熱いたこ焼きを頬張る。
「・・・」
不味くはないが、特別、どうということもなかった。
は再び首を傾げる。
何が違うんだ?と考えて、そして思い当たるのは。
自分の隣で美味しそうにたこ焼きを食べるエドの姿が、今は無いということ。
「・・・ああ、そういうことか」
なんだか途轍もなく可笑しくなって、は笑いながら蓋を閉めた。
どうやら美味しいたこ焼きを、食事をするには。
あの生意気で可愛いエドが不可欠らしい。
『恋をしているんだね』
「・・・想像に任せるさ」
滅多に歌わない鼻歌を歌いながら
恋の煙を吐き出すべく、新しい煙草に火をつけた。