スノウ・フォー・バラード








しん、と、音が吸収される。
視界を覆う白に。


「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」

とハボックは軍部から一歩外に出た途端並んで足を止めた。
目の前に広がるのは白の世界。

「積もったな」

ハボックが一歩踏み出せば、ざくりとその白に足が埋まった。
たった一夜で積もり積もったのは雪だ。東方地区では珍しいほどの雪。
「・・・・・・・帰る」
はウンザリと埋まったハボックの足を見詰め、空を仰いで、方向転換した。
しかし許されるはずも無くハボックの大きな掌がの襟首を掴んだ。

「仕事だ。ホレ行くぞ」
「あーやってらんねえ」
「俺だって」
「それは嘘だな」

は自分の吐く息を眺めて妖艶に笑い、顔だけ振り返って。
「俺と一緒なのが嬉しいくせに」
ハボックが色んな意味で一瞬動けなくなるセリフを投下した。




ざくざくざく。
雪道に残るのは二人分の足跡。

車を使えば良いだろというの愚痴に経費削減だとハボックが返したその後は
雪のせいで長く感じる道程をお互いの存在で埋めることに勤める。

世間話から始まって上司の愚痴や同僚の噂話、
下ネタから政治話題。
果てはこんな、哲学的な話まで。



「幸せって何だと思うよ」
「はあー?」


ハボックは咥え煙草で自分の足元を見ながら足を止めずに言ってみる。

火はつけていない。
つけていないが咥えていないとどうにも落ち着かない性分だった。

「オレの幸せはイイ女を手に入れることだな」

「聞いてねえよ」

「お前は?」

「知るか」

幸せなんて諦めているのか、そもそも興味無いのか。
どちらにしろ、それは。

「じゃーオレが決めてやろう。お前の幸せはオレと二人で歩く事」

ハボックはやっぱり足元に目をやったまま飄々と言った。
目を離したらコケそうなほど雪は深い。
だからの表情は見れなかったし見たいとも思わなかった。


ほんの暫く空いた間が、の動揺を表していたからそれで十分で。


互いの呼吸音と足音が響く。

ハボックはこの雪は音を消すのではなく吸収するが、
大事なものは残してくれる優しいものだと思った。



「・・・・じゃあお前は死ぬなよ」

本当に小さく、不安がる子供のような声で呟いたに。
ハボックはついうっかり視線を上げてを見ようとした。その瞬間。


ドサリと見事にこけた。


「・・・・・・・・・」
「雪でよかったな」
呆然とするハボックと、手を差し出そうともせず見下ろす
雪は優しく柔らかくハボックを受け止めていた。

ハボックは笑わずに、軽口にもせずに、その言葉を告げた。
「死なねえよ」
の目が見開くのは見逃さない。

「お前が爺さんになって老衰で死んだら、後追ってオレも老衰で死ぬって決めてんだよ」

想像できないから。の年老いた姿なんて想像できなくて、だからそれを見たい。
本当の事を言えばハボックはそれこそ自分の幸せだと思っている。
年老いた自分とを見ることが。

「老衰で後を追うって、器用なヤツだな」


はどこか恥ずかしそうに手を差し出した。
ハボックが握り返したその細く白い手は、思ったよりも温かかった。