「起きろ、銀時」
満足に干されず厚みを失った布団に眠る銀時の耳に聞きなれた声が響いた。
銀時は気だるそうに薄く目蓋を開き天井を見上げる。
視界を埋めたのは、薄汚れた天井ではなく、綺麗なの顔。
は枕元に立ち銀時を見下ろしている、
「なに、お前。寝込み襲うなんて大胆だねえ。銀さんにだって心の準備は必要なわけよ。
そりゃお前、心以外はいつでも準備はできて「黙れ変態」
銀時の言葉をは遮り射るように睨む。
銀時は卑猥な笑みを浮かべたままその視線を受け止める。
「昼だ」
「昼だね」
端的に言ったの言葉に銀時もまた端的に返す。
の眉間に寄った皴が瞬時に深くなり、睨む目の険しさも倍増する。
「掃除の邪魔だ、起きて布団を干せ。洗濯物を出して顔洗って飯を食え!」
「え、やっと俺のお嫁さんになる決心ついたわけ?坂田ってちょっと照れるけど」
「阿保か!!新八に頼まれたんだよ!!テメエの代わりに依頼受けて仕事に行ってんだぞあの少年が!!」
鬼の形相でそう怒鳴って大股で部屋を出て行くを、布団の上に胡坐をかいて銀時は見送る。
すぐに居間の方から掃除機の音が響き、銀時は溜め息をついて立ち上がった。
神楽も定春も居ないことを確認して銀時は再び笑みを浮かべる。今度は、純粋にただ嬉しそうに。
ふたりきりなど滅多に無いチャンス。
玄関前に布団を干してすぐさま中に戻り、洗濯物を出し顔を洗い、言われたことを素直にこなして銀時はソファーに座った。
目の前には、冷えてはいても美味しそうな昼食。風呂場のほうにはの後姿。部屋の中に響く洗濯機の音。
銀時は背もたれに体を大きく預けて両手で顔を覆った。
(ヤベ・・・にやけちゃう。あー・・・すごい幸せなんですけど、今)
まいったね、と一人ごちて銀時は箸を手に取った。
用意されていたのはなんともらしい料理。
見た目も味も申し分ないが、オリジナリティーに欠けるところをみると本を読みながらその通りに作ったのだろう。
アレコレ奮闘する様を思い浮かべて、銀時は箸を咥えたまま笑う。
出会った頃は、万が一にもに対し本気になるなど、銀時は予想だにしていなかった。していたらソレはソレでアレだが。
「ブランクがありすぎて勝手がわかんねーのよ、俺も」
呟く。
銀時とて男。女と付き合ったこともあれば本気だったこともある。
ただそれはもう銀時には昔の事でしかなく、感覚はもはや初恋のソレだ。
力ずくで手に入れる手段を、知らないわけではないのに。
まるで毎日少しづつ媚薬を飲まされるように、そんな思考は甘く沈んでゆく。
「本当に、なんだろうねーアイツは。マジで盛られてたりして・・・」
「誰が・誰に・何を・どうするって?」
「イエベツニ」
背後から果物ナイフを喉に当てられて、銀時は箸を持ったまま両腕を上げて白旗を揚げる。ソレを見てはひらりと銀時から離れた。
「ったく、食い終わったらさっさと皿を水に浸けろ。汚れが落ちにくくなる」
銀時を追いやるようにソファーに座っては冷たく言い放つ。
「ハイハイ。所帯染みちゃってー。苦労してるんだねチャンてば」
「日々俺が感じる苦労の大半はお前が原因だって知ってるか?」
「そりゃ嬉しいねえ。」
ガチャンと乱暴に流しに食器を置いて戻ってくる銀時をは心底呆れたという風に眺める。
そして銀時が隣に座ると、皮を剥いたばかりの林檎を差し出した。
銀時はキョトンとして林檎とを交互に見る。はテレビをつけてソレに視線を向けたままだ。
「デザートだ。果糖なら幾分マシだろ。」
はそっけなく言うが、仄かに耳が赤いのを銀時が見逃すはずは無かった。銀時はもう一度ゆっくりと視線を林檎に落とす。
デコボコになった林檎。しかし丁寧に皮は剥かれている。
銀時の表情が一気に蕩けるように崩れた。
横目で銀時の様子を盗み見ていたれはそれに驚愕して固まる。
次の瞬間銀時はを強く抱きしめた。
「なななななな!!何しやがる!!」
は無我夢中で暴れるが、もとより体格の差が大きい。
銀時はを腕の中に閉じ込めるように抱き締めての肩に顔を埋めた。
「マジでキた。イカレた・・・何だよお前、可愛すぎ」
「何の話だ!!」
顔を真っ赤にしては怒鳴るが銀時は一向に離そうとはしない。
それどころか余計にきつく抱き締める。
「アーもう信じらんねえ。どこまでこの銀さんを骨抜きにしたら気が済むのよ」
「骨抜きって・・・!!」
「愛してるって、言っただろうが」
唐突に真面目な表情に変えて、銀時はを覗き込むように見詰めた。
声も普段より低く、艶がある。
「・・・っ」
は言葉を呑んで腕を伸ばし銀時の胸から体を離そうとする。
しかしそれは銀時の腕が許さなかった。背中から首にかけて腕を回し、の顔を上に向ける。
「やめろ・・!!銀時!!」
の言葉に銀時はクツリと笑う。
「ダーメ。止めない」
「銀時!」
徐々に近付く銀時の顔を直視できずは目を瞑る。
あの真っ直ぐな瞳を見れば流されてしまう、と、の本能が告げていた。
「俺はね。愛したら嘘は捨てんだよ?」
ただ、真っ直ぐに。
それは銀時自身が時に寒気を感じるほどただ純粋に。
愛に跪く。
はその囁きにビクリと体を強張らせ、無意識に銀時の顔を見上げた。
繋がる視線に体中の神経を奪われ呆然とその双眸に見入る。
飄々とした普段の銀時は消え失せ、目の前に居るのは倫理も常識も超えた愛を掲げるひとりの男。
それに気付いたは溶けるように体中の緊張を解き、銀時の胸に額を預けた。
唸るように呟く。
「殺し文句だ、馬鹿野郎」
顔を真っ赤にして、それを必死に隠そうとするに甘い視線を落とし。
「それだったら俺は何回死んでるんだっつーの」
甘く甘く、零すように囁いた。
まだ高い太陽。
回る洗濯機。
ここが、この腕の中が自分の世界の中心だとは微笑み、目を閉じて銀時の背に腕を回した。
あひ見ての のちの心に くらぶれば 昔はものを思はざりけり
貴方と親しくなって後のいよいよつのる恋しさに比べれば、以前の貴方への想いなどはものの数でもなかった
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連載ではつかづ離れずなモヤモヤ関係(というよりも銀時の熱烈片思い)もお題で解消。