「な、良いだろ?恋次ー」
「嫌ですよ!!」


甘えるの声と、本気で嫌がる恋次の声。
二人の声を運悪くキャッチした吉良は、溜め息を吐いて踵を返し声のした方向を目指す。

ああもう何で僕がこんな貧乏くじばっかり、とか
市丸隊長がさん探して来いとか言うから、とかブツブツ不平不満を零す。

これは不幸な三番隊副官の一日。







「良いじゃんかよ減るもんじゃなし!男だろ、ズバッと諦めろ!!」
「男として大事なもの失うでしょーが!!」
「男は失ってナンボ!!」
「んなわけあるか!!」

それは倉庫となっている空き部屋で、薄暗い中。
絶えず響く声は内容を窺わせないもので、状況を判断できない吉良はそっと襖に手を掛けた。

「恋次、愛してるから」

(!?)
の声に吉良の手が止まる。
ななななななななな、何なんだ、幻聴!?と一人冷や汗を流す。
そして頭のどこかで冷静に、を探しに来たのが自分で良かったと思った。
これがもしも市丸隊長だったなら、血の海が広がるのは間違いない。


「ハイハイ、俺もです。手を離してくださいよ」
しかし冷静な恋次の返答に吉良はなんだか猛烈な怒りを感じた。
に愛を告げられて平然と返すその態度が、自分とそれ以外の人物をかなり侮辱していると思ったのだ。

腰に挿した脇差に手を伸ばしかけて、留まる。
早合点かもしれないと自分を落ち着かせ、吉良は更に聞き耳を立てた。
しかし。

「なあ、お願い。させて?」

(・・・・・・・・・・・っ!!!)
吉良は、今度は激しい眩暈を感じた。
甘く甘く蕩けるように囁くの声音。

(い、今!阿散井君に斬りかかっても隊長格からの咎めは有り得ない!!)
吉良はそう確信する。
おのれ、受け入れる気なら侘助の錆にしてくれる!とかなんとか息巻いて、吉良は成り行きを見守った。
デバガメとどう違うのか、といえば、何も違わないが。

「嫌です!!」

しかし恋次は力一杯を拒否した。

それはそれでやっぱり気に喰わないな、と吉良。
もはや彼自身自分がどうしたいのか分からないらしい。

真っ赤な顔でワナワナと震えながら、とうとう襖に耳を押し付けた。


「じゃあ無理矢理するしかねえなあ!!」

「なんでそうなんだ!?」

「うっせー!じっとしやがれ!!」

「ギャー!!」

「何してんですかアンタらーーー!!!」

ズバーン!!


とうとう脳の血管がブチ切れた吉良は脇差を抜いて襖を叩き開けた。
そして目にした光景は。



絡み合うふたりの体。
恋次に覆いかぶさるの顔は興奮のせいかほんのり紅潮していて。

色っぽい。


「ああばああらああいいいくううーーーん!!」


鬼神吉良、降臨。

「いや俺!?俺か!?ちょっと待て吉良!!」

「問答無用!!」

「だから問答は必要だろこの場合ーーー!!」


丸腰の恋次は、鬼の形相で斬りかかる吉良を前に逃げるしかない。
ドタバタと狭い部屋の中で攻防を繰り広げるふたりには暫く傍観を決め込んだ。
そしてポン、と手を軽く叩いた。


「吉良、お前でも良いかも」


「・・・・・・・・・・・・・・・は?」


吉良の動きが、瞬間、完全に止まった。
逆に恋次の顔が綻ぶ。


「いや、それはいい考えっすよ!いやー吉良、良かったな!アハハハハ!じゃ、俺仕事があるんで!」

シュタっと手を上げてそそくさ逃げていく恋次の姿にさすがの吉良も異変を感じた。
自分は自ら不幸の沼に足を踏み入れたのでは?と思う。
沼の主は勿論、目の前で微笑む

「おーお疲れ、恋次」

「え?ええ?あ・・・あの、さん・・・?」

「ふふー。ふふふふふふふふふふ」

「えええええええええ?」







ギャー嫌ですやめてくださいー!!

遠くから響く友人で同僚の吉良の声に、恋次は静かに合掌した。









「可愛いぞ、吉良!キュートだ!!」
「・・・・何とでも言ってください」

その日、上機嫌なと。
長い前髪を見事に三つ編みにされた吉良が目撃された。


「怒るなよ、吉良」
「・・・・怒りませんよ」

どんなにみっともなかったり、恥ずかしくても、その笑顔が見られればいいと思ってしまうんだから。
そうやって笑う貴方の隣に立てるならこんなのも悪くないなんて思ってしまうんだから。

怒れませんよ、と小さく訂正して。


僕はやっぱり不幸だ、と。
吉良は大きくて幸せな溜め息を吐いた。












Tu sei per me la porta del Paradiso.
Per te rinuncerei alla fama, al genio, a ogni cosa.


トゥ セイ ペル メ ラ ポルタ デル パラディーゾ。
ペル テ リヌンチェレイ アッラ ファーマ、 アル ジェニオ、 ア オンニ コーザ。

あなたは私にとって、天国の扉だ。
あなたの為なら、名声も才能も、全てを棄ててもいい。









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なんでこんな話になったのか、思い出せない・・・。