「桜か」


一護は呟く。
教室の窓の向こう側に芽吹き始めた桜の蕾に目を奪われる。

徐々にゆっくりと、だが日々確実に大きくなるソレは自分の想いに似ている。
そう思って一護は溜め息をつく。・・・らしくない、と、自覚して。



「早く咲くと良いな」

降った声に一護が視線を上げるとそこに居たのはだった。
一護には向けられないまま輝く瞳と、の罪作りな言葉に。

「・・・俺は咲いて欲しくねえな」

拗ねたように視線を教室内に戻し呟いた。

(咲くことを知っていて、散ることを夢見てる。・・・夢見ている?本当に?)

嘘だな、となら笑うだろう。一護は思い当たって更に機嫌は下降する。

(ああ嘘さ)

例えばこの蕾が花開き、散ろうとも来年の今頃は再び芽吹くように。

違うのはただ、想いは散り尽きぬまま再び芽吹くだけ。終わりのないループ。
夢見るのはそれが地に落ちる前に、受け止められる瞬間。

「重症だな」


想いに悩むという心地良い疲労感。初めて体感するそれに一護はゆっくりと瞬きをした。






「黒崎、五月病にはまだ早いぞ」

昼休み。

まだボンヤリと頬杖をつき窓の外を眺める一護の頭を空に近いペットボトルで叩いては笑う。
さして痛くもなかったが反射的に頭を擦りながら一護はを睨み上げた。

手が離れた頬を冷えた空気が撫ぜる。
湿気を含んだ掌を握り、一護は視線を落とした。

伝わらない。伝えてもいけない。けれど伝えたい。連続するパラドクスに一護は目眩を感じる。
結末はどんな悲劇なのか。

「そんなんじゃねえよ、馬鹿」
吐き捨てる。

知りもしないくせに、と、罵れたらどんなに良いだろう。
いっそこの鈍感さを憎めたらどんなに楽だろう。


一護はそう考えての手からペットボトルを奪った。
微かに底に残った水を眺め、キャップを開ける。

ごくり。

飲み干したソレは喉を潤す効果を表わすほどの量も無く、ただ喉を通過する感覚だけ。

一護は無表情で完全に空になったペットボトルを通して窓の外を眺める。

揺らぐ世界。ここに。

「なんだよ黒崎ー。センシティブじゃん?似合わねー。」
「言ってろ」

甘い想いだけが降り積もる。






「同情されるのは好きじゃないのは知ってるけど、ここまでくるとせざるおえないよ、一護」

啓吾にプロレス技をかけながらハシャぐを遠目で眺めていた一護に水色が話しかけてきた。
屋上には青空が広がり、微かに暖か味を帯びた風が制服を煽る。

「・・・どういう意味だ」
「よく分かってるんじゃないの?自分で」

サラリと返された水色の声に一護は眉間の皴を深くする。

「クソ・・・」
呟き俯く。
水色は一度だけ一護の髪を撫でた。
「すんな」

まだ、諦めたくない。諦められない。
同情されれば甘えが出る。自分の不運さに酔ってしまう。
そんなのは御免だ。




その時大きな風が吹き、一護は咄嗟に腕で顔を庇った。
風は余韻を残し吹き過ぎ、一護は腕を下ろす・・・・その途中。


指の間から垣間見えたのは




散る様を憂える一護の為にと永遠に続く





壮絶な量の桜吹雪。











「・・・・・?」
「どうしたの、一護」
一護が腕を降ろしきった時には幻想は消え失せ、そこにあったのは先刻と変わらない光景。
風に髪を乱しながら、技を掛け合うと啓吾。
隣に座る水色。

何も変わらない、が。


虚ろな眼差しで一護は握った掌を見詰める。
強く強く握った掌を、力を抜くように開いていく。

その掌の中を見た瞬間、一護は口元に笑みを浮かべた。
水色はソレを見て一護の手の中を見て、驚く。


「うわ、桜の花びら。どうしたの、ソレ」

一護は笑って立ち上がりを視線で射抜いた。

「さあな。案外色んなのに応援されてるのかもな、俺は」
「何?」
「何でもねえ」

くつくつと笑って一護はに歩み寄る一歩を、踏み出した。




一護の席のすぐ近く、窓の外で桜の木は揺れる。






もろともに あはれと思へ 山桜 花よりほかに 知る人もなし     


お互いに懐かしく思い合おう、山桜よ。桜花より他にわたしの心を分かってくれる人も居ないことだ。







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はい、ガラスの少年一護クンです。・・・・・・・スミマセン。