目の前に揺らぐ煙草の先と、そこから漏れる紫煙を眺めるのは好きだ。
鼻の奥に染み付く独特の匂いも、口に広がる味も。
ただ唯一好きになれないのは。
「お、一本貰うぜ、ハボック」
「勝手に取るなよ」
「どうせくれるんだろ」
・。
こいつと二人きりになる時間を、増やしてしまう事だ。
いっそ煙草を止めようかとも思ったが、生憎長年染み付いた習慣は、そうそう手放せるものじゃない。
精神安定剤の役目を存分に発揮してくれる代償だと、大分前に諦めた。
「・・・勝手な奴だな」
ほんの少し、苛立って呟く。
の隣は普段心地良いが、ふとした瞬間、例えば今の様に二人きりになると居心地も悪くなる。
二人きりになってしまえば、不思議な事に会話も続かない。
普段の掛け合いがそもそも社交辞令の一端なのか、と、自虐的にもなっちまうだろう。
は勝手で、図々しくて、威圧的で。
マスタング大佐や、ホークアイ中尉でさえには敵わない。
そんな奴の相手をオレができるなんて考えるのも馬鹿らしい。
(そうだよな、元からオレの手に負える奴じゃねえよ)
ふうーっと大きく煙を吐いて思う。
元より、そう、初めから判りきってはいたのだ。
なら世界はなんて皮肉に出来ているのだろうか。
隣で煙草を吸うに視線を向けても、返されることはない。
(恨むぜ、マジで)
本気で、いっそ出逢った事すら忘れたいと思う。
好きになっても報われないと知っていて、それでも好きになってしまったら。
戻る事も進む事もできないだろう。
マスタング大佐のように、己に絶対の自信があるわけでもない。
エドワードのように、形振り構わず追いかけるほど純粋でもない。
「それでも、っていうのはオレの我が侭なのかもしれねえな」
「んー?何の話だ?」
「別に。それよりお前、こんな所でのんびりしてていいのか?」
漏らした呟きに反応され、苦笑いが出る。
こういう、嫌な方面においては目聡いのもコイツの得意技だ。
この延長で、他人の傷に誰よりも早く反応して、しかも容赦なく抉る。
それが結果的に荒療治となってしまうもんだから(の思惑はどうであれ)、更には癖のある人間に好かれる。
つまり言ってしまえばオレの割り込む余地はそうやって完全に埋められていくって訳だ。
そんな事にイチイチ文句も言ってられないが、些細な事でも積もり積もればこうして完全に諦めの境地に入る。
「良いんだよ別に。任務もねえし、暇」
「給料泥棒って言うんだぜソレ」
「うっせーな、いいんだよ俺は。存在自体に給料が支払われるから」
「滅茶苦茶な奴」
短くなった煙草を灰皿に捻じ込んでオレは笑った。
いっその事今この場で好きだと言ってしまおうか。そうすればこんな風に棘を刺されるような痛みは無くなる。
チリチリとした、自分への苛立ちやへの恨み言も消え失せる。
ただそれには日頃の心地良さや、オレに向けられるの笑顔を代償に差し出さなきゃならない。
残念な事に、それは遠慮したいというのが本音だ。
「お前さ、地獄に堕ちるぜ」
嫌味で言った。
いや、もし本当にそうだとしたらオレは閻魔だろうがブン殴るけどよ。
鬼とかそんな連中全員叩き潰して、に地獄そのものをやってもいい。
それこそ地獄になるかもしれないが、オレは喜んで堕ちて行ける。
「まあ、そうだろうな」
簡単に返されたの言葉には驚いたが、もっと驚いたのはそのの表情。
「・・・なんだよ」
つい言葉が出ていた。
「なんだよって、何だよ」
は不思議そうに尋ねる。
その言葉に心臓が痛くなった。
気付いていないのか?
「冗談だろ、そんな顔するな」
は泣きそうな顔で笑ってる。
「馬鹿、俺は元からこの顔だ」
再び笑う。
オレは舌打ちをして視線を逸らした。
抱きしめたい衝動が全身を襲ったが、それをしてしまえば後は坂道を転げ落ちるように歯止めが利かなくなる。
他人の傷には敏感でも、自分の傷には無神経な振りをするは卑怯だ。
だから手を差し伸ばせず、踏み込めず、ただ手の届く距離だけを保って付いてゆく。
オレにはそれしかできない。
「さてと、俺行くわ。煙草サンキュー」
「ああ」
なんの感慨も無く去ってゆくの後姿を窓越しに眺めて、煙草に火をつける。
煙を吸い込んで、肺を満たす。
「・・・やってらんねえなあ」
不思議と笑えてきて、ついでに軽く咽た。
どうせこの想いも叶えてくれはしないのだから。
期待だけを抱かせて、心地良い距離だけを保って、決して縛られてはくれないのだから。
だからこれだけは許されるだろう。
愛さえも囁かず、愛する事だけは。
あふことの 絶えてしなくは なかなかに 人をも身をも 恨みざらまし
あなたに会うことが全然無いなら、かえってあなたを恨んだり、自分の不幸を嘆いたりしないだろうに
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ハボハボは大人な感じ。っていうか現実にいたらノックアウト。