受け取った書類を抱えて、松本は呆れたような視線を日番谷に向けた。
日番谷は俯き書類に目を落としているが、見ているものは書類ではない。その証拠に焦点が合っていない。
「隊長。手が止まってます。」
「・・・・ああ」
どこか力の無い声で日番谷は答える。
松本は腰に手を当てた。
「上の空ですね。」
「オレのせいじゃねえ」
言って日番谷は何を考えたのか突如赤面した。
しかし次の瞬間には青褪める。
「かと思えば百面相したり。不審ですよ」
「それもオレのせいじゃねえ」
「だったら誰のせいだと・・・・」
松本の疑問に、日番谷は顔を上げた。真っ直ぐに松本を見詰める。
「全部、のせいだ」
「なるほど」
至極納得のいく答えに、松本は満面の笑みで頷いて隊長室から出て行った。
それは数時間前に遡る。
「現世に行くだあ?!しかも独りで!」
意気揚々と廊下を歩くを見掛けた日番谷は、何事かと声を掛け。
そしての返事に声を荒げた。
しかしさすが・・・いや、やはり。
気にする様子は微塵も無く、ケラケラと笑って軽く手を振った。
「うん、そう。お土産は期待しといていいぞ。」
当然日番谷はムッとして、の手を掴む。
「要らん。というか行くな。却下だ。」
迷子になったらどうする。
もしも強い虚に遭遇したら。
変なヤツに絡まれたら。
愛、それ故の杞憂に日番谷は機嫌を急降下させる。
しかし相手は。そんな想いが簡単に通じる相手ではない。
「フン!お前の許可なんぞ要らないモンね!じーさんの許しは貰ったし。」
ザマーミロ!と言わんばかりに鼻息荒く胸を張って言うに、日番谷は拳を握る。
(あンのクソジジイ・・・・にだけは不必要に異様に甘い・・・・っ!!)
日番谷は脳を活性化させ、フル回転で打開策を思案する。
そして出てきた策は、何の捻りもないモノだった。
「・・・・じゃあ、俺も行く」
それを聞いたはニッコリと笑う。つられて日番谷も。
しかし。
「アハハー。うん、断る!!」
「何でだよ!!」
そのままの笑顔で力一杯拒否されて、一気に顔を真っ赤にして怒鳴った。
はこの世の幸せを独り占めしているかの如く、心底楽しそうに笑いながら日番谷に顔を近づけた。
大きな茶色の瞳孔に自分の顔が映り、日番谷の心臓が波打つ。
「何で?何でとか言っちゃう?聞いちゃうわけ?あ、そう。なら分かり易くご教授しちゃいましょー。
一つ、小姑みたいにアレコレ煩い。
二つ、お前を連れて行くと芋づる的に他の連中まで連れて行かなきゃなんなくなる。
三つ、子守りは御免だ!!」
言い終わった後、アハハハハーッと高笑いする。
日番谷は暫し呆然とそれを見詰め、しかし徐々に顔を怒りに歪めた。
小姑!?子供!!?
冗談じゃない!!!
「よおおおし、俺が子供か、よく言った!歯を喰いしばれ!!」
「やっだーあ、短気でコワーイ!そんな人連れてけなーい!」
は久々の現世出向で機嫌最高潮。故にテンションも高く、人を馬鹿にするその態度も絶好調である。
「大体!!瀞霊廷内で散々迷った挙句偶然通りかかった四番隊の寝惚けた面したガキ(恐らく花太郎)に泣きついて
半ベソで手を繋いでオレの所まで来たのはどこのどいつだ!!」
ビシイッ!!とを指差し日番谷は怒鳴る。
過去の恥を今更ながらに露見されたは、笑顔のまま日番谷との距離を一瞬で縮めた。
にこにこにこにこにこにこ。
至近距離での微笑を受け、日番谷は頬を染めるが・・・・しかし素直には喜べなかった。
異様なプレッシャーが日番谷を襲う。
「うーん、今なんか心底殺意というものを感じたなあ。
何かこう強力な電流を脳ミソに流してその忌まわしい記憶を綺麗に消して差し上げたい気持ちでいっぱいだなあ」
まるでラファエロの天使のような笑顔。
囁くような甘い声。
ただその言葉の内容だけはどこか電波的でマッドだ。
空気を伝っての本気を感じ取った日番谷は言葉を失い固まった。
「オ・・・オレは、事実を言ったまでだ・・・!!」
しかし悲しいかな、日番谷の自尊心が保身を上回ってしまう。
は背景に煌びやかな花を背負ったまま、頷いた。
「ふうん?そう?でも俺は今のうちに謝った方がいいと思うなとーしろー。
さもないと・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・泣くまで苛めるよ?」
ズイッと顔を近付けて、は止めと言わんばかりの笑顔を日番谷に見せた。
「さー、とうしろー。ごめんなさいは?」
「・・・・っ」
「ご・め・ん・な・さ・い・は?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ごめんなさい・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
惚れた弱みと言えればまだ救いもあったが、今この瞬間だけはただ純粋に己の命の危うさだけを危惧して謝る日番谷だった。
結局は嬉々として現世に行った。
日番谷は脳内に巡る不安予想の数々を上手く処理する事もできず、頭を抱える。
盲目的だといわれようと、欲目だといわれようと、日番谷にしてみればはこの世で一番可愛い存在。
道に迷って途方に暮れて泣いていたら。
しかもそこに怪しい下心満載な(例えば市丸のような)奴が来て、口八丁でを誘拐したら。
更には口では言えないこんな事やあんな事やあまつさえそんな事までされたりしたら・・・・・・・!!
日番谷は止まらない思考に呻きながら顔を歪ませる。
実際冷静に考えれば“あの”にそれは有り得ないのだが、生憎今の日番谷に冷静さは皆無だった。
「人の気持ちも知らないで・・・・・!!あの鈍感性悪天然魔性男・・・・・!!!」
吐き捨てる。
こんなに思い悩んでいるのに、憎らしいほどに時間が経つのが遅い。
日番谷の怒りはとうとうそんな所にまで向かい始めた。
「うわ、折角早めに切り上げて帰ってきてやったのに。お土産まであんのに。何、お前」
「!!?」
突如掛けられた声に日番谷は思い切り顔を上げる。
そこに居たのは紛れも無く、だった。
手には可愛くラッピングされた袋を持ち、頬を膨らませている。
「俺を罵る単語がよくまあそこまでつらつら出てくるな。
あーあーあー、やってらんねー。お土産も松本チャンに渡して帰ろうとしたのに
とーしろーが寂しがってるって聞いてわざわざ出向いたのにさー。」
「・・・・・」
「何か言うことは?」
「・・・・・・・・・・・お帰り」
「・・・・・」
違うだろ、と呟いては頭を掻いた。
(謝る所だっつうのに、何でそんな心底嬉しそうな安心したような顔して、卑怯だろ)
「あーっ、クソ!」
仄かに赤くなった顔を隠すようには目を逸らして、手に持っていた袋を日番谷に投げつけた。
「!?」
しっかりと受け止めながら、それでも日番谷は驚いて目を見開く。
「土産だよちくしょう!!」
はバリバリと頭を乱暴に掻いて踵を返した。
バンッと大きな音を立てて扉を開き、は一度も振り返ることなく出て行った。
「・・・・・・・・・・な・・・・何だ?」
状況に順応できず暫し呆然としていた日番谷は、はたと気付いて手元の袋に視線を落とした。
そっとリボンを解き、和紙でできた袋を開く。
中に入っていたのは。
「・・・・・・ビードロ・・・?」
淡い水色で、小さな金魚の絵が施されたそれを取り出し眺める。
繊細でどこか儚い感じのそれに、日番谷は笑みを零す。
「これをアイツが・・・・似合わねー・・・」
呟きながら、しかし酷く幸せそうに指先でガラスのその冷たさに触れた。
後日。
「ちょっと!なんて事してくれたのよ!!」
「松本チャン・・・・何?俺、何かしたっけ」
「ビードロよ!!」
「な、何だよ!お土産だろ!!」
「隊長ったら仕事の合間に何度も吹いてニヤけるのよ!!いい加減気持ち悪いわよ!!」
「何でだよ可愛いじゃんか!!」
「あの隊長がしたら洒落になんないのよ!!他の隊の隊員に見られた時は死ぬほど恥ずかしかったわよ!!?」
「そこまで責任取れるかーーーーー!!!」
「いいえ、隊長に関する事でそれは許されないわよ!!」
「ナンデ!?」
「何ででも!!」
「納得いかーーーーーん!!」
その日その時も、日番谷は隊長室でひとり、ビードロを吹いていた。
みちのくの しのぶもぢずり 誰ゆゑに 乱れそめにし 我ならなくに
陸奥のしのぶもじずりの模様のように、私の心は誰のせいで乱れ始めたのでしょうか。
みな、あなたゆえに心が乱れるのであって私のせいではないのに。
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ビードロか万華鏡で悩んだんだけど、まあ・・・ひっつーが使用しなさそうな方を・・・。
ビードロというのはガラスでできたアレですね。
吹くと“ぴくぽん”と鳴るヤツです。