冷たい布団の感触は、慣れたものだ。
ここ数年は誰か特定の人間と肌を重ねることも無く、ただ稀に金を払い女を買うだけ。


眠りにつく時はいつも独りだ。


闇夜に照る青い月を見上げては、早く朝になれば良いと思う。


早く朝に。




君に会える、夜明けに。














「土方さん、さすが副長だィ。味噌汁にマヨネーズは誰も真似ぁできやせんぜ。まさに勇者でさあ」


「納豆練った箸を向けるな。」



夜明けまではまるで時間がスローモーションで流れているように長かった。


時間の流れは本当に一定なのか、と、疑いたくなる。




ウンザリしながらマヨネーズをアジの開きにかける。

箸で伸ばし、均等に広げる。

山崎が何故か口を押さえて席を立った。

今は構う気にもなれず、再び自分の手元に視線を落とした。




味噌汁に浮いたマヨネーズを掻き混ぜて、喉に流し込む。
まろやかで濃厚な味わい。美味い。


しかし、そんな美味い食事も今は楽しくない。時間が経つのが遅い。異常に遅い。





「今、何時だ。総悟」



「七時でさあ」



「遅いな」



総悟がニヤリと笑う。こいつのこういう顔は、嫌いだ。ロクな事を考えてない。




「それぁ、時間の流れのことですかい?それともの到着で?」




その言葉で悟った。総悟もオレと同類だ、と。


嬉しいのか、悲しいのか、それとも悔しいのか。複雑だ。



「両方だ」


だから総悟から視線を剥がし、白飯にマヨネーズをかけながら答える。

すると総悟は愉快そうに笑った。



「同感でさぁ」




これだけ気が合うなら、とマヨネーズを差し出したら笑顔のまま叩き落された。


オレはこれだから友情も信じられねえンだ。










「おはよう」


はいつもより少しだけ送れて訪れた。

ヘルメットを脱ぎ、紅い髪が目を奪う。


「おう」



しかし動揺は見せず、いつも通り答えて招き入れる。

会いたかった、なんて甘い台詞はオレの柄じゃない。



「今日も綺麗ですぜィ、サン」


・・・・・総悟の場合、甘いというより不道徳の匂いがする。

というか、卑猥だ。


睨んだら、総悟はニタリと笑う。確信犯だ。




ああ、それにしても時間の流れってヤツは本気でブチのめしてやりたくなるな。

の姿を見たその瞬間から、世界を巻き込んで早送りになったようだ。




時が止まればいいのにと、願っても。




非情だ。






の笑顔は、それだけで光だと思う。

陽がある今も、闇夜でも、それはきっと変わらないだろう。



楽しそうに茶を飲みながら総悟と喋るを、少し離れて眺める。


唐突に、あの布団の冷たさを思い出した。


体温を奪われる布の感触。


独りで眠りに落ちるあのささやかな恐怖。




「・・・・・た。土方」


「・・・あ?ああ。何だ」



ボンヤリ考えていたらいつの間にかの顔が間近にあって驚いた。



「何か悩み事か」



悩みとは違うが、思うところがあるのは事実。

しかしそう吐露できるものでもない。

曖昧に誤魔化す以外に何も思いつかなかった。


「なんでもねぇ。」

「そうか」

「ああ」



アッサリ引く。これはの優しさだ。

無遠慮に踏み込まない、距離の見極めの速さに今更ながらに惚れ直す。


・・・・・・総悟。睨むな。バズーカを出すな。



やっぱりお前との友情はありえねえ。










「じゃあ、また明日」


瞬く間に時間は過ぎ、はカブに跨ってヘルメットを被りながら言った。

銀髪の姿は無い。


それがアイツの余裕の現われなのかと思うと、ムカついた。



総悟は先に巡回に向かい、と二人きりだが。



またあの長い夜を過ごすのかと思うと気が滅入るのは当然だ。



「土方」



の声に顔を上げる。

見上げられる綺麗な双眸に、吸い込まれそうになるのを必死で堪えた。



「なんだ」



懐から煙草の箱を取り出す。

精神安定剤であるそれを咥えれば、少しは落ち着ける気がしたんだが。



「眠れないのか」



の白く細い指に腕を押さえられ、オレの動きは封じられた。


眠れない?


そういえば、ここ最近は満足に寝ていない気がする。

ただ動かない月を眺めていた。



「・・・・大したことじゃ、ねえ。」

「馬鹿者。命を懸ける仕事に就いている自覚は無いのか」




呆れたように言うに、少し腹が立った。

どうしようもないこの棘のような想いを、拭ってなどくれないだろうに。


無責任な言い方が気に喰わない。



「ならお前が子守唄でも歌いに来るのか」


嫌味だった。意趣返しだった。すぐさま自己嫌悪に陥る。



しかし。



「ああ、それでお前が眠れるなら安いものだ。裏口を開けておけ」


「・・・・・な・・・・」


「忘れるなよ」



全く予想外の展開について行けず固まったオレに微笑んで、は去っていった。



「・・・・マ・・・マジか・・・・」



きっと冗談だ。


そう言い聞かせながらも、オレの足は裏口へと向かっていた。











期待しているわけじゃない。

そもそも頼んでないし、来るはずも無い。


ただ、こんな時間でも起きているのは、いつものように眠れないからだ。



窓の縁に腰を下ろし、欠けた月を見上げる。


今夜も、あの冷たい布団に入るのは躊躇われた。




「期待なんかしてねえよ」



いつもと同じだ。ヒッソリと闇に包まれ、引き摺り込まれるように眠りにつく。ただただ夜明けを待ちながら。



「ただ永いのさ。お前が居ない時間は」


持て余すほどに、永く、孤独で。



悲しい。



「だったら今夜は明けるのが早いな。布団に入れ、土方」




「・・・・・・・・・・!?」





振り返ると、いつの間に居たのか襖を開け放ち佇むの姿があった。


幻だと言われれば納得できるようなその姿の儚さに、押し出されるように駆け寄った。




「・・・・・熱烈歓迎だな」


「・・・・・っ」



目の前に立てばはオレを見上げて微笑む。薄暗い部屋ではその顔が良く見えない。

何でこんな日に限って満月じゃないんだ、と月に怒鳴りつけたくなった。



手を持ち上げて、の頬に触れる。


体温。



その温かさに何故か安堵した。













誰の温もりでもいいわけじゃない。



そして火照った体には、あの冷たい布団は丁度良い、と。




そう気付いたら、自然と笑みが零れた。









嘆きつつ ひとり寝る夜の あくる間は いかに久しき ものとかは知る 

寂しさを嘆きながら独り寝の夜を過ごす私にとって、夜明けまでの時間がどんなに長いものか、あなたに分かるだろうか。







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はきっと、愛した人には盲目的だから食べるよ。
・・・・マヨネーズお茶漬けも、マヨネーズ味噌汁も。