僕は所謂平凡で目立たない死神で、
簡単に言うなら“その他大勢”に含まれる部類で。

だからあの人と出会った瞬間、眩しさで気を失うかと思った。




「死神はっけーーーん」

「ふえ?!」


瀞霊廷の隅の隅、枯葉舞う人気の無い場所が今月の僕の掃除当番場所で、
その日も掃いても掃いても減らない枯葉を箒で集めていた。

この時間は嫌いじゃない。
一人で静かに和やかに柔らかに、流れる時間の粒子。


そこに突然イレギュラーが迷い込んだ。
緩やかな時間が急激に流れを取り戻す。

僕は持っていた箒を握り締める。


、さん!?」

「ん?ナニ、俺の名前知ってんの?」


しまった、と思った。
だってさんは死神の中でも有名で、輝いていて、特別な人で。
そしてその周りに居る方々も特別な人達ばかり。僕なんかが立ち入れない聖域。

平凡で目立たない死神の僕が勝手に憧れていたなんて恥ずかしくて知られたくない。


「・・・ハイ、その・・・何度か卯ノ花隊長のお話に、」

「あー、お前四番隊?」

「はい、その、ごめんなさい」

「・・・?」

「・・・その、勝手にお名前を呼んで」


僕がそう言うと、さんは少し間を置いて大きく笑った。
その声とか、表情が眩しい。

綺麗。


「なあ。お前名前は?」

綺麗。


「や、山田・・・花太郎です」


「よーし、花太郎。俺の名前を呼んでみろ。下の名前な」

「え・・・」

「俺は神様じゃないんだぜ?」


特別で光のような人。
だけど僕が感じていた距離や隔たりを簡単に打ち砕いてくれる優しくて強い人。



「はい・・・初めまして、さん」


僕はもう一度箒を握り締めて、唇を開いた。











「迷子、ですか?」

集めた枯葉の傍に座り込むさんを見下ろした。
さんは枯葉の一枚を拾い上げて指先でくるくる回す。


そう言えばこんな場所に四番隊の僕以外の人が居るなんて滅多に無い。
それにさんの迷子癖は有名だ。

頻繁に隊長格の人達が走り回っているのを見かける。



「そー。なんつうかココ広過ぎじゃん?
 悪いんだけど十番隊まで連れてってくんない?掃除手伝うからさ」

「そ、そんな、いいです!もう終わりますから!」

「そーかあ?その調子じゃ終わりそうに無いぞー?」


あう。

た、確かに掃いたそばから枯葉は落ちてきて、ハッキリ言って終わりなんか見えない。
僕は結局白状した。


「・・・その、本当は、ある程度で止めていいんです。この通りですし。
 ただ、ここの掃除が好きで続けてただけで・・・仕事の振りしてサボってたんです。・・・ごめんなさい」

「それ癖かあ?」

「・・・え?」

何の事だろう。
僕が首を傾げると、それを真似するようにさんも首を傾げて小さく困ったように笑った。


「すぐ謝るの。止めろよ、辛気臭ェからさー。」

「・・・え、と・・・ごめ」

「謝るなっつーの。そこは“なんだとこのヤロー”くらい言え」


僕の言葉を遮って言ったさんは立ち上がり僕の頭を乱暴に撫でた。
ええと、こういう時はなんて言うんだっけ。

「・・・ありがとうございます」

僕がそう言うと、さんは満面の笑みで。


「おう、そーいうのは何回聞いても好きだぜ?」


そう言ってくれた。









「あ、あのう、さん」

「ん?何だよ」

「迷子なんですよね?」

「だな」

「道、分からないんですよね」

「だなー」


しかしさんの迷子のなり方は少し何かが違う。



振り向かないのだ。止まりもしない。
まるで正しい道を闊歩しているが如く、迷いを見せずに突き進む。僕の前を。


案内役の前を歩いてどうするんですか、と思ったけど、
なんだかそれがひどく似合う気がして笑えてきた。


さん、そっちじゃないです。逆ですよ」

「んー。おお、悪い・・・・俺、歩くの速いか?」


さんはピタリと立ち止まり振り返った。
合わせて僕も立ち止まる。微妙な距離が間に残った。

「え、えっと・・・?」

さんがまた困ったように笑ったので僕は動揺した。
するとさんが右腕を上げて僕を手招く。


「なーんでお前まで止まるのかね。コイコイ、ちこー寄れ、苦しゅーない」

「は・・・は、い?」

とてとてとて。

言われるとおりに隣に並べば、いきなりギュウッと手を握られた。



「!!!???」


吃驚して固まる。首から下が突如動かなくなった。
声も出なくて、ぎこちなく顔を動かしてさんを見ると。


ああ、あの綺麗な笑顔が降ってくる。



「こーすりゃ大丈夫だろ。・・・へへー、真っ赤。可愛い」


可愛いのは貴方の方です。
そう言いたくて、でもできなかった。喉が枯れたようで声が出ない。
鯉みたいに口をパクパクさせて言葉に詰まる。

どうしよう、何か言わなきゃ。


「落ち着け・・・ホレ深呼吸。・・ん、そう。・・・ナニ?」

僕は、はーーーっと大きく息を吐いて俯いたまま言った。


「僕は・・・さんが可愛い、と、思います・・・・」


「・・ふふん、当然。でもサンキュ」



僕は平凡で地味で、こんな性格だから自分の意見なんて言えなくて。
喋ろうとしても気ばかり焦って上手くいかない事が多い。

そのせいで苛立つ人もいる。話を聴いてもらえない事も良くある。


その症状がなんだかさんの前だと更に酷い気がする。
あんまりだ。


だけどさんは十番隊までの道程、僕の話を楽しそうに聞いてくれた。
言葉に詰まれば優しい目で待ってくれて、一緒に笑ってくれて。
繋がれた手が離れる事は無くて。


嬉しかった。
さんは知れば知るほど素敵な人だ。





・・・あれ?

・・・・あれれ?


まさか、まさかこの感じって、この感情って。


まさか。



「・・・?どーした、花太郎」

「っはェ!?・・・いいいいいえ、何でもないです!!!」

「だーから深呼吸して落ち着いて話せって」


いえ、あの、そんな事を言われても。

この感情の意味はいくらなんでも言えないです。


「・・・・・なんでもないんです」


今は、まだ。














A chi piu` amiamo, meno dir sappiamo.

ア キ ピゥ アミァーモ、メノ ディール サッピァーモ。

愛する人には愛するほど、何を言ったらいいのか分からなくなる










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・・・ふ。何だコレ。