サンジは苛々していた。
というのも、料理人としてのプライドをちくちく傷つけられているからである。

包丁片手に甲板に仁王立ちしたサンジはを見下ろして口を開いた。

「だから、テメー様の好きな食いもんは何だと聞いてやってんだ」
「・・・せやから、そないなもん無い言うとるやろ」

物凄く面倒そうに答えたに、サンジの眉間の皺とこめかみの青筋は数と深さを増してゆく。

のこの食に対する無関心さがサンジにしてみればかなり腹が立つものだった。
何を作ってもどんなに味を工夫して手間をかけてもの感想はいつも同じ「食えるなら何でもいい」だ。

出されたものは残さず綺麗に食べるし好き嫌いも無い。それについては文句無い。
それだったら簡単で雑な料理でも食べさせてればいいのだが、そこはサンジの料理人としての自尊心が許さない。

つまりは、とにかく。
サンジはの口から「美味い」と言う言葉を聞きたいだけだった。
認めるのは癪だったが、認めざるおえないこの感情。

ぐる眉をぐぐーっと顰めて、包丁の切っ先をに向けた。

「肉料理は好きか」
「・・・普通や」
「魚料理は」
「普通」
「野菜」
「普通」
「果物」
「ふ・つ・う・や!好物なんてあらへんわ!嫌いなモンも無いんやから放っとき!」

早々に声を荒げるに対し、サンジは冷静に「とりあえずカルシウム不足だな」と言い放った。
の表情が目に見えて険悪になってゆく。

それは“仲間”だからこそ見れる表情だった。
は自分の大切だと認めた相手にしか感情の揺らぎを見せない。
サンジは密かに喜んでを眺めている。

「なんや、喧嘩売りに来たんか」
「リクエスト調査だ。何が食いたい」
「何でもええわ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

無言の応酬が続き、先に折れたのはだった。
寝癖だらけの頭を乱暴に掻いて立ち上がる。

「お前の料理やったら何でもええ言うとんのや、阿呆」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


あまりの衝撃に包丁を落としたサンジを冷たく一瞥して、は男部屋へと姿を消した。
その背中を最後まで見送った後サンジはその場で腰を抜かし座り込む。

一部始終を見ていたナミに「ヘタレね、サンジ君」と言われるまで、動けなかった。






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水平線から太陽が顔を出す頃には、見張り台に二つの陰が並んでいた。
湯気を立てるカップを手に、ほう、と息をつく
サンジはその隣で煙草に火をつけながらニヤリと笑った。

「クソうめーだろ」
「せやから、・・・」
「うめーだろ?」
「・・・・不味いことなんか一度もないっちゅうねん」
「そりゃー嬉しくて涙が出てくらァ」

吐き出す煙に朝日が反射して、ああ、ここは幸せに満ちている。
そんなことを考える。


眩しいある朝のスープ。
薄味であっさりと、けれど冷えきった体に染み込むようなそんな温かさ。
それが幸せの、味。