それは出撃直前の事だった。
起動音が鳴り響く中、コンコンとハッチを叩く音が聞こえて滝川は眉を顰める。
ハッチをボタン一つで開けるとが顔を覗かせた。

「言い忘れてた。お前、帰ってきたら炊き出しな。」
「はあー?」
「当番制。んじゃ、よろしく。」

今から俺、生きるか死ぬかの場所に行くんだけど、と、滝川は苦笑いして頷きながら思った。
帰ってくる事が確定されているのはなりの信頼だとも思ったので何も言わないけれど。

「お土産持って帰ってやっから楽しみにしてなー」
滝川がそう言うと、は一瞬真顔になって腕を伸ばし滝川の頭を鷲掴みにした。そしてゴツン、と、額を合わせる。
サラリと頬に触れた金髪にくすぐったそうに身を捩りながら滝川は困惑したように口を開く。

「え、な、なに」
「おまじない。」
「おまじない?」
「そ。」
「・・・ふーん・・・」

額を合わせたまま、二人は目蓋を伏せてくすくすと笑う。
むず痒いような照れ臭さが込み上げてきて視線は合わせられない。

「土産、傷ついた獅子章はナシな」
「うげー・・・縁起でもねえよソレ」
「だってお前の発言、死亡フラグみてーで焦った」
「だから“おまじない”かよ」
「そうそう。生きろよ、ちゃんと」

滝川は目蓋を閉じて、それからあの真っ暗な押入れの中を思い出した。
母親に閉じ込められたあの暗闇。狭い世界。
いつもこのコクピットに乗るとそれを思い出し震えていたけれど。

でも、そうだよなあ、と滝川は笑った。
この狭い空間はそれでもタッチパネルから発する光で眩しいほどだし、まるで星の瞬きのようでもある。
ついでに言えば目の前の金髪は太陽に近い輝きだ。生きろ、と、真摯に告げる眩しさ。
どうしようもなく惨めで無力だった自分は、それでも今、確かに生きて戦っている。

ゆっくりと離れた額の温かさは、過去の傷をもゆっくりと癒してゆく。
滝川は嬉しそうに微笑んでが離れるのを見届け、ハッチを閉じながら囁いた。
幼さの残る、けれど男の声で。

「ありがとう、じゃあ」

またね。


だっからそういうのが死亡フラグなんだよと言いつつ真誉は手を振り、
モニターに映るの口の動きでその言葉を理解した滝川は、ああそうか、などと軽く笑って戦場に向かった。


結局数時間後には滝川は無事ほぼ無傷で帰還してしかもアルガナまで取ってきたので、
たいした土産だとは感心し、珍しく炊き出し当番を自らかって出たのだった。


「どうしたんだよ、どういう風の吹き回しだ?何企んでるんだ?」
「さあなー。雪でも降るんだろ」
「自分で言うかソレ?」

疑う滝川に冷笑する真誉。
素直じゃないのはいつもどおりだったけれど。