「ちょっと、踏まないでよ」
生意気盛りの少年のような声と言葉にが視線を落とせば、そこには。

「なに。何か文句でもあるの?」
「・・・・・・・・・・・・・」

そこには、喋る白い帽子が落ちていた。




「・・・よく出来た玩具だな」
「玩具?よくもそこまで愚弄できるね」

とりあえず拾い上げて目の前に翳してみると、
白い帽子に描かれた猫の青い瞳がスウッと細められる。

合成獣とは考えにくかった。ここまで人語を流暢に喋るのなどありえない。

「・・・魂の、定着」

はアルを思い出して呟いた。人の魂を物質に定着させる荒業。

あの生意気なガキ以外にもこんな無茶をする奴がいるなんてな、と
は少しだけ口元を緩めた。

そんなを冷たい視線で見る猫は、フンと鼻を鳴らす。

「まあ、間違ってはいないよ。僕は人の魂じゃあないけど」
悪いけどどこか、木陰にでも置いてくれない?と言う猫には珍しく何も言わず素直に従う。

木陰の岩の上に帽子を置いてその隣に腰掛けたは懐から煙草を取り出す。
火をつけて一度だけ深く吸い、吐くと猫を見下ろした。
新緑の葉を纏った木が作り出す陰は明るい、と、今更ながらに気付く。

「人語喋ってんじゃねえか」
「猫にだって学習能力はあるのさ。」
「・・・捨てられたのかお前」
「失礼だよアンタ。それにお前じゃない、ニャメだ」」

やっぱり生意気な口調でニャメは言って、笑った。も釣られるように笑う。

「飼い主が落っことしたんだよ。移動の途中で。」
「追いかけなくていいのか」
「迎えが来るよ、そのうち。待ってるほうが賢い」
「ふうん」

随分と自信あるんだな、と思ったがは口には出さなかった。
代わりに煙を吐いて、葉と葉が触れる音を聞く。

暫く一人と一匹の間には沈黙が流れたが、
どちらもそんなものは気にしない性質だったので柔らかい時間だけが過ぎてゆく。
一時間後、はボンヤリと足元で揺れる影を見詰ながら口を開いた。

「・・・お前・・・じゃねえ。ニャメ。」
「なに」

欠伸をしながら答えるニャメ。寝てたのかコイツ、とは再び笑った。
猫は結構好きだと思う。

「死んでんだろ?」
「ほんっとデリカシー皆無だね。」
「その大好きなご主人様に触れたりも、できないんだろ」
「・・・」
「それでも待つのか」
自由を望んだりはしないのか。

「待つよ」

ニャメは即答した。迷いは無く、ハッキリと。

「待つよ。彼の傍はとても自由だ」
「俺だったらそういう風には考えらんねえな」

の言葉にニャメは面白く無さそうな顔をしてを見た。

「僕にしてみれば君の考えこそ不可解だね。
 触れることができなくても僕はここに存在して、考える。名を呼ばれて必要とされる。
 それ以外に何が必要なのさ」

「指先が語るものもあるだろう」
「指先でしか語れない、その程度の愛なら」

言いながらニャメの視線が空に向かう。それに釣られても空を見上げた。
青い空の遥か奥から、更に深い青の粒子が降りてくる。

ニャメはそれを愛しそうに目を細めて見詰め、囁いた。

「その程度の愛なら、土で汚れた靴裏で踏み潰してしまえばいいのさ」