「なんやー・・・お前か」
「こんにちは」

ある昼下がりの公園のベンチ。
木陰になっているその場所で一服していたの隣にひとりの男が腰を下ろした。
六道骸、である。

「・・・吸うか?」
「いえ、煙草は吸わないので」
「ほな近寄らん方がええよ。副流煙の方が毒性強いらしいで」
「気にしません」
「・・・・・・・・ならええけど」

二人並んだこの木陰は日の暖かさとあいまってどこかゆるやかな時間が流れている。
風は右から左へと吹き、の咥えた煙草の細い煙はそれに添うように揺らいで消えた。

骸は何気なく視線を下ろし、ギクリとして目を瞠った。
自分の手のすぐ近くにの手がある、ただそれだけで体が凍ったように動かない。

これは骸の隠れた弱みだった。
馬鹿でも愚かでもない彼は自分を理解している。
理解しているから、自分は愛した人に優しく触れる事はできないと知っていた。

(もう遅すぎた。出会ったあの瞬間すら遅すぎた。
 まっとうに愛を囁くにはなにもかもが手遅れで、なにもかもを決めた後だった。)

まるでこれは流刑のようだ、と骸は思う。
すぐ隣に居るのに、呼吸の音が聞こえる距離なのに、指先にすら触れられない。
ここは流刑地、逃げ出したくても自分が建てた檻に阻まれて独りきり。

この毒のような感情がいつかあのどこまでもゆるぎない彼を侵してくれたらいい。
同じ毒であるなら煙草の煙よりずっとロマンチックではないか、と考えて骸は笑った。

劇薬に酔った彼に手招きをして、自らの足で此方に踏み込んでくれたら。
そうしたらきっと甘い夢が見れる。

「提案があります」
「一応、聞いたろ」

檻の隙間から差し出す劇薬。

不審がるに骸は優しく微笑んだ。


「一緒に壊れてみませんか」


が口を開いて何かを言う前に、骸は「冗談です」と小さく笑って見せた。