遥か先で時々振り返る横顔を愛している。
近付けばその分だけ再び遠ざかる、そんな、意地悪な君の横顔を。



「もォ〜嫌やぁー。こんなんばっかやっとったら体腐るわァー」
「文句を言う暇があったら手を動かしてください。
 まだまだ書類は山のように溜まっているんですから」
「ええからに会わせてえな。仕事はイヅルがすればええやん、何の為の副官やの」
「・・・少なくとも貴方の甘えを助長する為ではありません」

麗らかなある日の午後。
三番隊の隊首室ではギンがそんな駄々をこねていた。

白い書類で埋め尽くされた机に頬を乗せてジタバタをもがくギンの姿は滑稽で、幼い。
ギンを心の中で恐れ崇拝しているイヅルにとって、それはどこか微笑ましい姿だった。

何もかもが打算と策謀で編み上げられているようなギン。
それでもたった一人、を想い、を語り、を追う時だけはただの男になる。
無駄と空回りの多い、ただの男に。

「いつかさんを手に入れたら、隊長はどうなるんでしょうね」

イヅルの言葉に、ギンは動きを止めた。
す、と冷たくなる瞳は、長く傍にいるイヅルですら腹の底から恐怖する色である。
感情も温度もない無機質な双眸。

「手に入らへんから、ええんよ。手に入れたら、あかんのや」

手に入らないからいいのだ。ギンは思う。

掴めることは無いのだと確信できる相手だからこそ安心して想うことができる。
手に入らないと分かって、納得して、求める事はせずにただ追いかけるだけ。

追いつこうとは思わない。
追いついて手に入った時に自分の内部から覗く残酷な感情を抑える術は無いから。

きっとどこまでもずっとこんな関係が続くのだろう。
気を許して理性という名の崖から落ちてしまえば、辿り着くのは欲だけが渦巻く場所だ。
そんな、ギリギリの関係。

それを楽しんでしまうあたり、自分は随分と大人になったものだとギンは笑った。
困惑と少しばかりの恐怖を湛えた目で見詰めるイヅルには、目もくれないままで。

「手に入ったら、きっと、狂ってまうんよ」