宿舎の個室にはそれぞれ小さなバスルームが備えられている。
大浴場はあるものの、それは軍の配慮であった。

軍人たるもの誰もが少なかれ幾つかの傷跡を持ち、
それを人目に晒したくはないという者もいる。

それはまったくありがたい温情だ、とは思いながらそのバスルームに佇んでいた。
手にはスポンジと浴槽洗剤。

「・・・・変なところで経費削減しやがって」

実はこの個別バスルーム、使用者が掃除をしなければならないのだ。


その数分後、ちょうど司令部にいたエドにから電話がかかった。

「今から暇か?」

そんな愛想もなにもないの言葉にエドの心は一気に舞い上がる。

から誘われるなんて滅多にないことだし、
なにより電話口から聞こえる声がまるで耳元で囁かれているようで。

これはなんて名前の魔法だろうか。


「ひ、暇!すげー暇!」
「じゃあ今すぐ宿舎の俺の部屋に来い」
「わかった!」


用件など聞かずにエドは即答して電話を切った。
そしてそのままアルを置いて駆け出してゆく。

敏い少年アルフォンスは何もかも悟ったように溜め息をついて、
電話を取り次いでくれたリザに一言「ありがとうございました」と告げるのだった。




「・・・・風呂掃除か」
「風呂掃除だ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

宿舎に着いたエドが落胆したのは当然の話だが、すぐに「それでもいいや」と思う。
どんな些細な事でも(たとえ風呂掃除でも)自分を呼んでくれたならそれでいい。
他の誰でもなく、が自分を選んでくれたなら。

「じゃーさっさとやっちまうか」
「おう、頑張れ」

気合一発、腕捲りをしながらエドが言ってを振り返ると、
は小さな本を片手に優雅にユニットバスに腰掛けた。

小さな換気窓から入る昼の陽の光に睫毛が一瞬煌く。
それがあまりにも美しくて、エドの頬は勝手に紅潮した。

慌てて顔を逸らす。

「・・・・いや、つうか、オレ一人でやんのかよ?」
「心配するな。ちゃんとここで見守ってやるから」
「手伝えよ!」
「気が向いたらな」

楽しそうなの声。
ただそれだけでもうなんだっていいと思う自分は熱で頭がイカレてるのかもしれない。
エドは拗ねた顔でを見た。繋がる視線が更なる幸福を呼ぶ。

「綺麗にできたらご褒美にデートしてやるよ。一日俺様独占権授与だ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

こうなりゃ意地でもピカピカにして、二日間の独占権は戴いてやる、と、
エドは決意しスポンジを握り締めた。


それはある日のバスルームでの話。