心の底が枯渇している。
何かを無性に欲しがっているけれど、それが何かはまだ判らない。


その日、初めて雲雀がを目の前にしたのは放課後の事だった。
人気の無い校舎は静寂に包まれ、外はもう夕暮れ。
遠くに見える山は色彩を変えて、訪れる闇に歯向かうように太陽の光を一身に受けている。


同じ学校に毎日のように通いながら、それでも雲雀がと出逢うのは月に一度あるかないかといった頻度だった。
避けるどころか雲雀は頻繁にを探すけれど、まるで本当に神隠しにでも合っているかのようには見つからない。
そして今この瞬間のように何の前触れもなく目の前に現れる。

雲雀は片腕を持ち上げて心臓の位置で服を握り締める。
ドクドクと耳のすぐ横で鼓動が鳴り響いていた。

が起こす気紛れなのか、それとも偶然なのか。何にしろこの時だけ許される逢瀬。
だからこそ心臓が揺れるのだろう。

何故だか少し渇いた口を開いて、雲雀はできるだけ感情を込めずに言葉を発した。
自分との関係において感情を悟らせるという事は負けを意味している。

「久し振りだね、美化委員」
「・・・あぁ、なんや、まだ居ったんか」

雲雀の言葉に反応したの姿はひと月前に見たものと何も変わらない。
寝惚けたようなやる気の無い表情。寝癖がついたままの髪。皺だらけの制服。
ただ違ったのは、制服に少しだけ砂がついて汚れている。

雲雀は僅かに眉を顰めてそれを眺め、口を開いた。

「なに、その砂」
「さっきまで外で野球しとったんよ」
「野球?・・・君が?」
「山本と綱吉が誘いにきよってな」

面倒やったけど、と溜め息をつくの横顔は微笑んでいる。
本当に優しく、ただ優しく微笑んでいて、雲雀は愕然とした。

(こんな顔は知らない)
(こんな顔をするなんて、知らなかった)

雲雀は自分の腹の底で何か得体の知れない黒いものが唸る声を聞きながら薄く口を開く。
それが嫉妬という名の感情だとは気付かないままで。

「随分と気楽だね、この僕から逃げ回っているわりに」
「・・・・・」

じわりと二人の間に剣呑な空気が広がる様をは傍観する。
ああまたかこの餓鬼は、程度の感想しか抱かない。

「お前さんはそう苛立って、癇癪起こして、何を欲しがってんねや」
「・・・・・・・・・、」

稀有な事に雲雀は言葉に詰まり視線を逸らす。
その様子を見届けたは呆れたように溜め息をついて踵を返した。
黄昏の光を背負うその背中に雲雀の視線が奪われる。


心の底が枯渇している。
何かを無性に欲しがっているけれど、それが何かはまだ判らない。
判らなかった、けれど。

ひぐらしの声を遠くに聞きながら雲雀は噛み潰した言葉の甘さをひとり味わうように、ただ佇んでいた。






ほしいのは、きっと、きみだ。