「んじゃ、帰るな」

すんなりとそう告げて腰を上げたは夕暮れに染まる中庭を前に一度だけ伸びをする。
それを帽子の影から盗み見て浦原は密かに溜め息をついた。

後ろ髪を引かれる思いをするのは自分だけ。
そんなのはもう慣れたけれど。

言葉を発しない浦原を不審に思ったのか、は空に突き上げていた腕を下ろして浦原の顔を覗きこんだ。
繋がる視線に心臓を弾かせるのはやっぱり浦原のほうで、手にしていた湯飲みに残っていたお茶がちゃぽりと揺らぐ。
指先に熱い雫が触れたけれど、それよりもずっと自分の体温が高いような気がして気にもならなかった。

目の前に広がるのは愛しい人の顔。
弧を描く口も、悪戯めいた瞳も、柔らかな髪も、すべてが宝石のよう。

無意識に抱き締めていた事に浦原が気付いたのは、思いがけず優しくが抱き締め返したから。
ぎゅっと触れた場所から、まるで水が滲みるように体温が伝わる。

こんなにすっぽり腕の中にしまい込んでしまえるなら、世界からも隠してしまいたい。
その眼に広がる全ては自分だけで象られてしまえばいいと願っているのに、貴方がそれを許さない。

「なんだァ?そんなに俺が恋しいのか?」
「今更デショ」
「そうそう、今更縛ろうなんて思ってくれるなよ」

どうしてこんなにも愛しているのに愛されないのだろう、なんて、本当に今更なことが浦原の頭を過ぎる。
がははと笑ってするりとこの腕から抜け出て、躊躇なく背中を向ける貴方は眩しくて卑怯で。
またきっと今夜もこの胸の高鳴りの名残のように、夢の中でもアタシを翻弄するのだ。

浦原はの背中を見送らずに、深く深く、二度目の溜め息をついた。