狩谷が入院して三日経った。

その三日間の間にも世界は目まぐるしく変動し、特ににとっては本当に色々あった三日間だった。
薄暗いハンガーの中では手にしていたレンチをぎゅぎゅーと握り締める。
この三日間、ずっと不機嫌を貫いていた。



「何がめでたしめでたしだ、・・・いや、そうかもしれねえけど。でも俺的に何もめでたくねえよ!」



ゴウンゴウンと響く轟音の中で低く叫ぶ。
今整備しているのは希望号。未来号は相棒が持っていってしまった。
管轄外だというのに律儀にこうして整備しているのはそれがアイツの言いつけだからだ。
は彼の言葉に逆らえない。

「くそ、残業は俺一人かよ。・・・あー。腹立つ。」
とはいえ仕事は仕事で、やるべき事は徹底してこなすのがこの男の性である。
乱暴な口調と表情で繊細に俊敏に手を動かす。

世界を越える整備士、ワールド・オーバー・メカニック。

後の歴史研究者はをそう記述する事になる。




「少し休憩したら?クッキーを焼いてきたんだ」

背中を丸めてオイルに塗れながら仕事に没頭するに声をかけたのは、髪と目の色を青に戻した厚志だった。
片手には可愛くラッピングされた小さな袋が乗っている。

は肩越しに振り返り眉間に皺を寄せた。



「・・・速水。お前、気配殺して背後に立つ癖治せ。」
「本物の砂糖が手に入ったんだ。美味しいよ?」
「人の話聞けよ・・・」
「まあまあ、捨てられたからって拗ねない拗ねない」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

は物凄く嫌そうな顔をして乱暴に汗を手の甲で拭った。

なんで俺こんな汗だくでコイツの機体整備した挙句こんな事言われるんだと考える。
つうかコイツ性格悪ィよ。とも。

「そんなん萌とか田辺とか希望に食わせろ。」
「もう皆に配ったよ。ハイ休憩ー」
「ちょ、テメエな!」

速水はからレンチを取り上げて代わりにクッキー入りの袋を持たせ、何処に隠し持っていたのかティーセットまで並べ始めた。
温かい紅茶がの目の前でカップに注がれる。


「はい、どうぞ」
速水は唖然として言葉を失うを無視してカップを差し出し、笑った。
その笑顔が今までになく美しかったのではとうとう何もかも諦め、また同時に受け入れてカップを受け取った。


生存者は今日も愉快に笑い、絶望すらも笑い飛ばし、そうして明日も戦うのだろう。
まさにそれこそが権利であり特権だというのはにしてみても同感だった。