市丸ギンはふと足を止めて中庭の方に目を向けた。 その後ろを歩いていた吉良もつられて足を止め視線を辿り同じ方角を見る。 そしてその姿を視界に捉えて吉良は呆れたように市丸を見た。 その横顔はとても柔らかい。ただ一人だけにしか向けられない、愛しむ様な笑顔。 仕方ないなぁと吉良は思ったけれど同時になんだか幸せでもあった。 「市丸隊長、30分だけですよ」 「えー」 「文句を言う気なら、15分」 「30分な、りょーかーい」 「嘘吐きってよく言われるでしょう、隊長」 「・・・そんなん言うの、お前だけや」 ひょひょいと手摺を乗り越えて駆けて行く背中を数秒だけ見送った後吉良は視線を外して歩き出した。 今日も3時間は戻ってこないだろうウソツキ隊長のお蔭で片付ける仕事は文字通り山積みなのだから。 「ー」 「・・・・・・・ゲ」 中庭に佇んでいたは、自分を呼ぶ聞き覚えのある声にげんなりとした様子で振り返る。 そして予想通りの姿が手を振って近付いてくるのを見て更にゲンナリした。 あからさまな態度だが市丸には全く通用しない。 「なんやー冷たい。」 そう言いながらも手はの細い腰に添えられている。 容赦無くその手をベチリと叩き落しては距離を取った。 「まぁた仕事サボってんなー狐隊長ー。吉良が心労でハゲるぞ。」 「がボクのとこに帰ってくるんやったら仕事したるよ?」 「ん。吉良はハゲても可愛いし問題ねえな」 迫る手を回避しながらしれっと言い放ったは市丸に背中を向けた。 それを市丸は眩しそうに見詰る。市丸のこういう表情をは知らないしこれからも知る事はないだろう。 市丸がまっすぐに見詰られるのはの“背中”だけだから。 静かに腕を伸ばして背後から抱き締めると、意外とは大人しくそれに捕まった。 妙な感銘が全身を駆け巡る。 「・・・・セクハラオヤジー」 「吉良にはウソツキ言われたばっかや」 「嘘吐きは泥棒の始まりらしいぞ、目も当てられねえなお前」 の軽口を聞きながらその薄い肩に額を当てて、市丸は目蓋を閉じ鼻で息を吸った。 だったらいつかはあの小さな子供の手から君を巧く盗み出せないかなぁ、と、 淡い夢を抱きながら。 |