闇夜に世界が包まれたその時間。
十番隊隊首室に居たは「よっこいせ」と腰を上げた。

「んじゃ、帰るな」
「・・・泊まっていかないのか」
「あのなァー。そうそう毎日泊り込んでちゃ俺の体壊れるっつうの」
「そうか」
「・・・お前って、ホント分かってねぇの」

ここは引き止めるだろ普通ー、と、
ギリギリ日番谷に聞こえないようには呟いて頭を掻いた。
しかしまあ体に纏わりつくような倦怠感は拭えない。

考えてみれば自分だけの体温で温まる布団で眠るのは、こちらに帰ってきてあの檻を出てからは始めてのことだ。
は珍しく顔を赤くし、慌てて日番谷に背を向ける。
幸い部屋は薄暗くて明かりは月の青い光だけで、日番谷には気付かれずにすんだ。

背を向けたまま「あー」と気まずそうに漏らして、そうして言葉を紡ぐ。
「いい夢見ろよ、とうしろー」
「ああ。・・・お前は俺の夢を見ろよ」
「・・・・」

駄目だ、こいつなんか調子にのってやがる。
そんなことを思いながら、しかし何も言い返せずに、は逃げるようにその部屋を後にした。





襖は閉じて、ギシリと床を鳴らしその足音は去ってゆく。
残された部屋で日番谷は目蓋を閉じていた。
思い出すのは過去だ。振り返った場所に重く横たわる記憶だ。

遠ざかる足音は今でも少し恐ろしい。
あの時と同じように手が届かない場所へ行くのではないかと不安になる。

何度あの肌を抱いても、なんど重なっても、あの悲しみは拭えない。
あの時の絶望は誰にも拭えない。
だから今こんなにも必死なのだろうと日番谷は自覚している。

毎晩でも確認したくなる。傍に居る事を、時には粘膜で感じたいと願うほどに。
もう嫌だ、と、の口から拒否の言葉しか出なくなってもその口を塞いで、いっそ、溶けておなじものになってしまえと。
偶にそれでを怒らせてしまうけれど(高熱を出す程まで手放さなかったりしたのが尤も怒られた)。

だが日番谷は知っている。
自分が手を離せば簡単に終わる関係だと、よく、知っている。
故に妥協はしない。

それは思えば単純で、言葉にしてみればチープで、ああそれでも、悪くはない感情だ。
ただ、俺は、単に。

「お前を愛しているのさ」

そして愛してゆくのだろう。
日番谷は立ち上がり、襖を大きく開いて走り出した。足音が去った、その方向へ。


今宵も同じ布団で眠りにつくために。