それはまだ、桜の蕾が見え始めた頃。

満面の笑顔で

「隊長、。今夜、夜桜を見ましょう」

と、十番隊副隊長、松本乱菊は言った。











悪魔の囁き 火の点く酒













「花見?早くねえの、ソレ」



三番隊から書類を持ってきていたはクキリと首を傾げてそう訊いた。

日番谷はから受け取った書類に目を通し、判を押しながら頷く。



「全くだ。桜なんか咲いてないだろう」



言いながらチラリと窓の外を眺めれば、まだ芽吹き始めの桜の枝が見える。

大分気温は上がってきたが夜風はまだ寒い。

なにも好き好んで今花見など(見る花も咲いていないが)しなくても良いだろう、と、日番谷は思う。



「まあ所詮名目ですよ。目的はお酒ですから」


しかし松本はフフフと妖艶に笑って言い放った。

日番谷は呆れたように頭を掻いてを見る。


・・・まあそもそも桜が咲いていなかろうが満開だろうが、

日番谷が参加か不参加かは、ひとりによって左右されるのだが。


そんな日番谷の思惑を知ってか知らずか、はパタパタと手を振った。



「酒?俺、酒は身体が受け付けないからパス」


飲めないのか、とどうでもいい事を脳内に記憶させながら日番谷は松本を見やった。


「俺もいい」


日番谷とて酒を嗜む事はあるが、それは常に一人で、である。

大勢というものは落ち着かない性分だし、そこにが居ないのであれば尚更だ。


有能な副隊長、松本は瞬時にその相関図を見抜いた。

つまり、さえ喰いつかせれば日番谷は黙っていても付いてくる。


「あらそう。残念だわ・・・」


松本はわざとらしく息を吐いて頬に手を添えた。

そしてチラリと流し目でを見る。


「・・・折角、他の隊にも声を掛けたのに」

ピクリ。

の肩が揺れたのを松本は見逃さない。

(もう一押し・・・)

松本は内心ほくそえんで顔を上げた。

はお祭り好きだという事を重々承知している松本は最後の手段に出た。


「ほぼ全員が集まって、飲めや歌えの宴会なのに・・・残念です」


「よし、勿論参加だとも。なあとーしろー」


「・・・・ああ」



満足そうに頷く松本。

意気揚々と十番隊を出てゆく



ただ日番谷だけが、事の重大性を憂いていた。



(つまり・・・他の隊長格も来るのか)


きっと自分は酒どころではないだろう。


自分の薄幸さを今更ながらに恨めしく思う。

それでもの笑顔を見るだけでそんな自分の苦労などどうでも良くなってしまうのだから、まったく厄介な感情だ。

(惚れた弱みか)

どうせ思い悩んだ所で一生解放されない。

日番谷は仄かに微笑んで、残りの仕事にかかった。












かくて死神の大宴会は開かれた。












「うははははははははははははははははははは!!」


淡く光る月光の元、響いたのはの大爆笑。

少し離れた場所で、雛森に(半ば無理矢理)酌をされていた日番谷は顔色を変えて立ち上がった。

「あ、駄目だよシロちゃん!」

行かせるものか、と日番谷の袴を掴む雛森を睨んで舌打ちをする。

(読めた・・・そういう事か・・・っ!)

いつも遠慮がちな雛森がいつになくしつこく酌を進めるのを怪訝に思っていたが。

(藍染の差し金か・・・!)


気付けば傍に居たはずのは遠く離れ、ギンや藍染、その他の隊長格に囲まれている。

日番谷は雛森を見下ろした。

「・・・・ご、ごめんなさい」

日番谷の目を見た瞬間雛森は怯えたように顔を俯かせた。

(そんな怖い顔をしてるのか、俺は)

自嘲して意図的に表情を緩める。


「・・・離してくれ、雛森。」


「でも、隊長がね・・・」


「頼む」


日番谷は微かに頭を下げた。雛森は驚いて咄嗟に手を離す。

瞬間日番谷は雛森から視線を剥がし周囲に巡らせた。



「松本!!」


そうして副官の名を呼ぶ。


「なんです、隊長?うふふふふふふふふふふ」

悠然と近寄ってきた松本は両手に酒瓶を握り締め満面の笑み。

(・・・・出来上がってやがる)


痛むこめかみを押さえて日番谷は溜め息をついた。



「・・・市丸は任せろと言ったのは、どこのどいつだ」


「ああーあはははは。そォんな隊長、お酒の席で何言ってるんですか、無礼講ですよ無礼講!うふふふふふふ」


グリグリグリ。

松本は日番谷の頭を抱え込むように撫でまわし笑い続ける。



「答えになってねえ・・・・」

ウンザリと呟いて松本の腕を多少乱暴に振り払いに視線を向けた。


「あーーーーーーーははっははははっはははは!!じゃんっじゃん酒追加だ!!溺れ死ねーーーー!!」


なんでお前は酔ってるんだ。なんで飲まされているんだ。

日番谷は顔を引き攣らせてを睨みつけた。

無防備にも程がある。



酔っ払いに正攻法は通用しない。

見ればここに居る殆どの連中が泥酔している。


「・・・・松本はザルだった筈だがな・・・・」


呟いて足元に転がっていた空瓶を持ち上げ、眺め・・・・そして絶句した。




アルコール度数  90%



確実に火が点く。




!!!」


日番谷は空瓶を投げ捨て大股でに近付く。

投げられた空瓶が、しっとり飲んでいた花太郎の頭部に見事激突し、跳ね返ったそれは恋次の横っ面にめり込んだが
それはまったくどうでもいい事で日番谷は見向きもしない。


、帰るぞ!!」


の前に仁王立ちをして日番谷は怒鳴る。


が。



「なんやの、帰るんなら一人で帰りィ。やっぱ夜道は怖いん?」

「なんなら恋次に送らせよう」

「まあまあ、ただの子供の嫉妬じゃないか」

順にギン、白哉、藍染。

他の隊長格はこの三人に酔い潰されて屍と化している。


「・・・


日番谷は三人の言葉を無視してに声を掛けた。

したたかに酔ったこの三人なら相手にできなくもないが、を巻き込むわけにはいかない。

報復など明日にでもできる。


は潤んだ目を持ち上げ、日番谷を見た。そしてヘラリと笑う。


「やだねー。帰らないっ」


ケラケラと、何が楽しいのか笑い転げながらはギンの腰に抱きついた。


「せやんなー。勿論帰さへんよ」

二重の意味を含んでギンも至福そうにを抱きしめる。






日番谷の堪忍袋はギリギリの強度をなんとか維持していた。


しかしは容赦ない。



「余裕がねえぞーとーしろー。男は度量だ。包容力だ。寛大さだ」


わはははは。


日番谷の脳にその笑い声が響く。



いつもいつもいつもいつも。

こうしてこうやって、自分は振り回されるばかりだ。

諦めのつかない甘さと、踏み込めない冷たさを駆使して人の心を掻き乱す。

その性格の悪さは何なんだ。

その肝心な所での認識の甘さは何なんだ。

度量?

包容力?

寛大さ?


そんなもの。



「そんなものは全部、テメエが、見事に粉砕したんだろうが!!」



日番谷はそう怒鳴って、の手からグラスを奪い取った。


ゴクリと、一気に飲み干す。



喉が焼け付く感覚に笑いが込み上げた。


明日声が出なくなっても、それでもいいと日番谷は思う。

兎に角今は日頃の鬱憤を晴らしたくて仕方ない。



「いいか、俺はな!俺はこれでも余裕のある男だったんだよ!!

 それをテメエが根こそぎ奪ったんだろうが!!・・・くそ、離れろ市丸!!」



ドカリとの目の前に座り込み、未だを抱き締めたままのギンを睨んだ。

ギンは何かを言いかけたが、曖昧に笑って素直に腕を離す。


(あかん。正に触らぬ神になんとやらやな)


まさか宴会の席で抜刀はないだろうが、日番谷の目は完全に据わっている。

そそくさと離れて遠巻きに様子を見る事にした。

藍染と白哉も同様に動く。






は憮然として酒瓶に手を伸ばす。

しかし寸前でそれは日番谷の腕に阻まれる。






それを繰り返すこと数十回、さすがにも飽きてきたのかそれとも手段を変えただけなのか。

コテンと日番谷の膝に頭を乗せた。



「・・・・・っ」




大分酔いが回っている日番谷は霞む視界でそれを見て動揺する。

体が熱いのは酒のせいだと小さく繰り返すが理性も脆くなっている今、さしたる効果も望めない。

日番谷は手で顔を覆って隠した。



「とーしろ」



甘えるようにが囁く。

日番谷は寒気に似た感覚に鳥肌を立てた。


(悪魔かコイツは・・・・!!)


に触れる場所が、恐ろしいほどに熱い。

そして日番谷の意識は何かに呑まれるように徐々に朦朧としてゆく。


「とーしろぅ、俺の事スキ?」


まるで魔術や催眠に似た響きで、それは脳に届く。

甘美な。


言霊。



周囲の喧騒が一瞬にして途絶えた。



「スキ?」


「・・・・あぁ」



普段なら絶対に頷かない質問に日番谷は頷く。


周囲の目が不思議なほど気にならず、

ただ世界は自分とのふたりだけで出来ているようだ、と日番谷はボンヤリ考える。


「じゃあここで大声で叫んだら帰ってやるよ」

「・・・・」


悪魔の囁きにも抗う術はなく、日番谷はゆらりと立ち上がった。


遠目に見守っていた松本はさすがにヤバイと感づいたが時既に遅し。





「いいか、頭に叩き込んでおけ!!は俺のモンだ!!俺がを愛してる以上、テメエらに望みは無ェ!!

 文句がある奴はかかって来い!!」


声高らかに怒鳴って、日番谷は気を失うように倒れこんだ。それを余裕でが受け止める。

わははー、と笑った。


「いよっ、よく言った!!感動だ!!」


の腕の中で眠る日番谷は微かに口元で笑う。


「んじゃ、約束通り俺は帰るぜ」

は日番谷を背負い、しっかりとした足取りで立ち上がった。

完全に酔っていると思っていた周囲の人間はその様子に呆然とする。

「・・・あの、?お酒は駄目なんじゃ・・・・」


「んー、駄目だな。受け付けないって言ったろ?」


状況を上手く飲み込めずそう訊いた松本にはニヤリと笑って言った。



一度口に出した言葉は取り戻せない。

後に日番谷はそれを身を持って思い知ることになるが、彼の悲劇はそれ以上に。






「受け付けないから、どんなに飲んでも酔わないわけ。あー楽しかった」





彼の愛した人物が、彼をからかうことに関しては時間も労力も手間も惜しまない人物だという事だろう。







翌日、を追い掛け回す日番谷と、満面の笑顔で逃げる


誰もが二日酔いの頭を抱えて見守っていた。









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・・・・・ギャグ・・・・?

壊れギャグ、ですかね・・・これ・・・。

なんか、いや、誉的には日番谷が壊れてるしイイかなって・・・。

なんか、ダラダラ長くなっちゃうし・・・腹切りしたい感じ。

それでは公理さん、こんなのですみません。

リクありがとうございました!!