君の夢路に通う唄
が風邪を引いた。
熱も出した。38度7分。高熱だ。
さすがのも大人しくベッドに入り荒い呼吸を繰り返している。
それを横目で確認しながら、ハボックはリザに渡された風邪薬の説明書に目を通していた。
(食後30分以内に三錠・・・・飯は食わせたし、よし・・・)
甲斐甲斐しく水をグラスに注いで薬と一緒にに渡し、ちゃんと飲み込むのを確認してグラスを受け取る。
ロイとエドの二人を相手に奮闘して獲得した役割を果たそうと、ハボックはある意味張り切っていた。
台所で洗い物をしながら鼻歌を歌っているあたりその証拠だろう。
(あ、やべ)
しかしの睡眠の邪魔になると気付いて慌てて口を噤んだ。
そろそろと振り返る。
はじっとハボックを見詰めていた。
が寝やすいようにと照明を落としていたせいで、の青い眼は月明かりだけを頼りに煌めく。
ゾクリとハボックの背中が粟立った。
「ハボック」
が呼ぶ。
その声も掠れて、どこか儚げで。
(ヤバイ)
先程とは比べようも無い危機感にハボックは汗を流す。
「何、だよ」
「ハボック」
「だから・・・何だよ」
「何か喋れ」
甘えるようにも聞こえるの声に少なからず甘い展開を期待していたハボックは項垂れた。
そして最後の食器を洗い終わり、タオルで手を拭く。
「・・・寝ろよ、お前」
「だから喋れ」
「・・・はあ?」
「熱出すと、嫌な夢を見る。
・・・・声、聞かせろ。お前の夢・・・見るから」
ハボックはタオルを床に落とし、唖然として口元を手で覆い。
それから頭を乱暴に掻いて、笑った。
「・・・・参った。負けだ」
他愛も無い世間話を始めたハボックに、は小さく息を吐いて目蓋を下ろした。
ハボックの声を聞きながら、はシーツを握った。
熱で身体がイカレてる。
脳ミソも、上手く動かない。
部屋に響く声が心地良くて、泣きたくなる。
「・・・・・り・・・・・」
「ああ?」
小さな声で微かに呟かれたの言葉にハボックは耳を澄ませた。
日頃尊大な態度のがこうも弱っていると落ち着かない。
反動なのかどうかは分からないが、掠れた力の無いその声を聞くだけで心臓が揺れる。不安になる。
「・・・・リィ・・・、・・・は・・・・だ・・・から」
再び呟かれる言葉。
ハボックは慌てての枕元に近付き、額に汗で張り付いた前髪をそっと指先で掻きあげた。
「どうした?」
囁く。優しく、促すように。
が夢と現の間で彷徨っていると気付いたハボックは、そのまま眠りに落ちればいいと思う。
「・・・に・・・なれ・・・」
シアワセニハナレナイ
やっとその声を捉えたハボックは眉を顰めて、の目蓋を掌でそっと覆った。
「なれるよ。オレがいる」
だからオレの夢を見ろよ。
ずっと、この声を届けるから。
今日は思えば朝からの様子は変だった。
任務で司令部に居ない事は多いが、それでも任務が無い時でも司令部に居ることは少ない。
にも拘らず、朝早くから勤務室に居た。しかも黙々と仕事をしていた。
日頃地味な仕事は性に合わないだの退屈だのとアレコレ文句をつけては仕事をサボり、大佐をからかって遊ぶのに
真面目に無言で書類と向き合っている。異様な光景に周囲の誰もが居心地の悪さを感じていた。
「君・・・・どうしたのかしら」
あの中尉ですらそんな事を言った。
まあ中尉は(というかの傍に居る人物は大抵)に甘いが。
「具合でも悪いんですかね」
フェリーが心配そうに呟く。
確かに、何かがおかしいとは思う。が、が体調不良など、それこそ似合わないというか有り得ない話ではあった。
「何だと!?ならば今すぐ私の部屋で看病を!!」
大佐がいつも通りセクハラ発言をしてもは無反応。
それどころか、ゆっくりと目を移ろわせて大佐を捉え。
「有り難い申し出です大佐。しかし恐縮ながら本日は責務に追われお相手はできないかと存じます。
僭越ながら申しますと大佐にもそれほどのお時間は無いかと。後日改めてお誘いいただければ光栄です」
・・・・・。
いや、さすがのオレも固まった。
というかその場の全員が固まった。大佐は真っ青になって中尉にの早退を促した。
まあ、そこからが問題だったんだけどな。
「の一大事に私が傍に居なくてどうする!断固譲れんな!!」
「いや、だから大佐は仕事が山積みでしょーが。」
「つうかオレこれから暇だし。」
誰がの看病をするかで壮絶な争いが勃発。
仕事を投げ出そうと画策する大佐と、仕事を終わらせたオレと、偶然(というか確実に目当てで)司令部に来ていた鋼の大将。
この面子で普通に考えればオレに勝ち目は無いが、引く気にもなれない。
「大将にはやる事あるだろ。大佐もいい加減仕事してもらわなきゃ困るし。
てなわけで・・・・・オレが看病します。中尉。」
「そうね。私も仕事が残っているし」
さすがの大佐も、さらにはエドも。リザには逆らえない。
それを見越した上でのハボックの発言に二人は歯噛みした。
「「卑怯者」」
こういう時二人はシンクロしたように結託するが、ハボックは持ち前のマイペースさでそれをスルーした。
「じゃ、を送りますんで」
「少尉、これを。」
を立ち上がらせるハボック。
その異常な体温の高さに眉を顰めると、リザが小さな袋を差し出した。
「なんスか?」
「薬よ。・・・それと、送り狼になったらその身体を存分に風通しよくするからそのつもりで」
「・・・・了解」
視界の片隅で銃をちらつかせるリザに極力平静を保ちながらハボックは頷いた。
大佐やエドなら、確実に銃弾を喰らう結果になるだろう。
二人の命も救ったな、とハボックは溜め息を吐いて司令部を後にした。
は部屋に着いた瞬間、糸が切れたように倒れこんだ。
仕方が無い奴だ、と思いながら、それでも司令部はまだにとって安息の地ではないのかと多少傷つく。
やっと呼吸も整い寝付いたの髪を再び撫ぜてハボックは小さく息を吐いた。
「・・・言えよ、ちゃんと。きつい時は、きついって」
言ってくれなきゃ分からない事は沢山ある。もどかしいが、それがまさに現実。
と出会う前の、の傷を今更無かったことには出来ないのだから、これから先のことくらい、とハボックは思う。
「ちゃんとオレは、ここに居るから。」
傍に。
望まれなくとも、それが自分の決めた未来。
ほんの些細な苦しみからもを遠ざける為に。
「・・・・好きなんだよ」
面と向かっては告げられない思いを口にして、そっとの柔らかい髪に口付けを落とした。
祈るようなその行為に滑稽さを感じながら。
後日全快したが
「ハボック。お前の夢を見たぜ?すんげー幸せだった。サンキュー」
と危うい発言をエドとロイの前で発し。
「ハボック。詳しく聞かせてもらおうか」
「嘘や言い逃れはできねーぜ?少尉」
悲惨な目に遭ったというのは、また別の話。
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ううーん。なんでしょうか。いいんでしょうか、コレで。
最近では有り得なかったスピードで書いたんですが、どうですか紫苑さん!!
捧げていいですか!!いえ、一方的に捧げますけどね!?
ハボック好きだなー・・・と改めて認識してしまいました。
リクありがとうございました。どうか愛想尽かさずまた遊びに来てください(切実)