「良い天気ですね。この時期には珍しく温かいですし」
リザの声にロイは窓の外を眺めた。差し込む日差しに目を細める。
「・・・・ああ・・・・ああ、そうだな」
青。絵の具で塗りつぶしたようなその色に眉を顰める。
夏とは違い、冬の青空には深みが無い。浅く表面だけを覆う色彩。
の双眸のあの深い煌きのほうがよほど美しいではないか、と思う。
「・・・・晴れの日は、お嫌いですか」
ロイの表情の些細な変化を見逃さずリザは尋ねた。世間話の延長のような響きで。
「嫌いじゃないさ」
ただどんな色も光も、あの、世界でたった一対の宝石には敵わないだけだ。
「だが私を映さない青は、悲しいと思ったんだ」
今は姿も見えず、声も届かない“何処か”にいるを思い出して、ロイは小さく微笑んだ。
Forget me not
「が帰ってくる?」
「ええ、今電話が」
差し出されたコーヒーを受け取りながらロイは溜め息を吐いた。
「なぜ私に取り次いでくれないのかね」
子供のように拗ねて頬を膨らませるロイにリザはふ、と、笑いを零す。
「執務中でしたから。迎えは、ハボック少尉に向かわせました」
「・・・・・」
ロイは無言で立ち上がり、コートを掴んで足早に扉に向かう。
「大佐?どちらに?」
「書類は全て片付けた。文句はあるまい?」
「お気をつけて」
普段よりも大きな音を立てて閉まった扉に目を向けたまま、リザは息を吐く。
結局一口も飲まれなかったコーヒーをトレイに戻して窓の外を見た。
「意地悪しているわけではありませんが」
ただどこまでもを独り占めしたいと思い、それを実行しようとするのは狡いでしょう。
「・・・・いえ、やっぱり少し意地悪かしら」
不謹慎だわ、とリザは呟いての為に美味しい紅茶を用意しようと執務室を後にした。
駅に降り立ったは、真っ直ぐに歩き始めた。
迎えを探す素振りも見せず待つこともしない。
「おーい、」
遠くから掛けられた声にゆっくりと視線を移ろわせる。
「久し振りだな。ハボック」
「おお、そうだな。・・・三ヶ月ぶりか?」
見上げる長身のハボックに口元で微笑んで、それからはその肩越しに空を仰いだ。
「ウィングブルー・・・いや、勿忘草か」
「なにがだ?」
「空の色」
釣られるようにハボックも空を見上げた。晴れているのに、雲は一つも浮かんではいないのに。
どこか霞んで、曇っている。
「ワスレナグサ・・・って何なんだ」
思い出したようにハボックがに訊くと、は空から目を離し再び歩き始める。
「花の名前。東国で使われるミオソチスの呼び名だ。」
「ああ、あの小さい青い花か」
駅の外に出れば、それまで建物の中に居たことでいくばか遮られていた寒風がを撫ぜる。
しかしは薄着でありながらも身震い一つしない。
「寒くないのかねえ」
「別に。・・・・今日は雪が降りそうだな」
「ああ?晴れだって、聞いたけどな」
「そうか」
「雪が好きなのか?」
ハボックの反問に足を止め、ゆっくりと振り返る。
揺らぎの無い青の目。この色は何という名だろう。
ハボックはそんなことをボンヤリと考えていた。
「さあな」
なんだそれ、素直じゃねえな。と呆れながら、それでもハボックは。
「降るといいな」
無条件で願いながら、自分の羽織っていたコートをに被せた。
ロイが駅についた時には、ハボックとの姿は無かった。
らしくもなく肩で息をして視線を巡らせる。
「・・・・・」
その視界に白く小さな何かが過ぎった。
雪だ。
「やあだー!寒いと思ったら雪降ってきたー」
「最悪、今日は晴れだって思ってたのに」
ロイの近くに居た若い娘二人が声を上げる。ロイはコートに乗った雪を見詰めた。
黒い布地の上で溶けてゆく透明な結晶。
白く世界を覆うその儚さに目が眩む。
「そういえば昔と見たことがあったな・・・」
呟いてハッとしたように頭を振る。
過去に浸るのも独り言も老化の兆候だと、ハボックにからかわれたのを思い出したのだ。
「大佐?」
背後から声を掛けられ、その聞き覚えのある声に振り返れば。
「鋼の。来ていたのか」
予想通りエドの姿があった。
「おや、一人かね」
「ああ、アルは先に図書館へ行ったから・・・・・アンタこそ一人なんて珍しいな」
「は司令部には居ないぞ」
「アンタが司令部に居ないってことは、そうだろうな」
エドの返答に、ロイは大きく溜め息を吐いた。やはりに会いに来たのか、と。
ロイの様子にエドは眉を顰め顔を赤くする。
「何だよ!」
「いや、健気だと思ってね。相手では簡単に報われることも期待できないだろうに」
それは自分にも当てはまる言葉だった。自嘲しながらロイは言葉を続ける。
感傷に浸る暇は無いのに、感情は制御できない。
「たまに、溜め息を吐きたくならないかね、鋼の」
「・・・・?」
「疲れたりはしないかね。こうも追うばかりで見返りも無い。・・・・理不尽だとは、思わないか」
走り、手を伸ばし、掴もうとしても遠ざかる願い。
目蓋を伏せるロイを、エドは睨み付けた。
「何言ってんだよ、はちゃんと、沢山オレに色々なものをくれてる」
「・・・・・」
「相応なんてものじゃない。理不尽とか勝手なこと言うなよ」
エドの言葉にロイは目蓋を持ち上げる。
いつもの飄々とした余裕が無いその表情にエドは気を削がれ頭を掻いた。
「らしくないぜ大佐。」
エドは少し困ったように笑って、去っていった。
その背中を眺めながらロイは溜め息を吐こうとして、やめる。
らしくない、か。
「確かに」
再びロイは空を見上げ、その場から動くことは無かった。
「そのままいけば雪だるまだな」
声が聞こえた瞬間、ロイは目を見開いて振り返った。声の主が誰なのか、脳が想像する前に体が動いた。
「?!」
「凍死したいのか、馬鹿狐」
ロイの呼びかけには答えずは無造作にロイの頬に手を当てた。
そこから体が解凍されてゆくようで、ロイの体が震える。
「・・・・ハボック、は」
やっとのことで言葉を零せば、は眉を顰めてロイの頭に積もった雪を背伸びして払う。
急に近付いたの顔にロイは数歩、後退った。
「ああ、動くな。・・・・ハボックは先に司令部に行かせた。」
「・・・・なぜだ」
「雪」
「?」
「雪はお前と見たいと思ったんだよ」
「・・・・・・っ」
ああ確かに鋼のの言うとおりだな、とロイは思う。
些細だが積もる喜びを、は何度もこうしてくれている。それを思い出す。
「いい加減帰るぞ。・・・・コート、貸せ」
「寒いのかね?」
「寒いに決まってんだろ」
はロイに差し出されたコートを引っ手繰るように奪って身を包み、ついでだというようにロイの手を握った。
一瞬驚いて目を見開いたロイは、すぐに甘い笑みを零す。
「手も冷たいな」
「気合入れて温めろよ」
仰せのままに。
繋がった視線に微笑んで、ロイは囁いた。
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・・・・・静かな争奪戦だと、思ってください。ロイが・・・ヘタレ?
そして季節が今更冬・・・・のために全力疾走なロイさんでした。
これはリク内容と合ってるんですか?合ってません。(自問自答→撃沈)
誠人さん、リク有難うございました。そして謝罪します。
気合と愛だけでは誉の駄文はどうにもならなかったもようです。
しかし捧げちゃう誉を許してください。・・・・(涙)。