「朝から賑やかだな」



まだ意識が完全に覚醒していない、ぼやけた視界を移ろわせて。


欠伸一つ。は言った。









ばーすでい・ろまねすく











。今日が何の日か分かるかね?」


頬を引き攣らせたロイがに尋ねた。その背後でロイの部下の面々、及びエルリック兄弟が笑いを堪えている。

は寝癖のついた髪を無造作に掻きあげて考える素振りを見せる。


必要以上に色気があるその仕草にロイは眉を顰めた。
自分以外の視界に入れるのは腹立たしい。


「・・・給料日?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


ロイの無言の絶望と、その次に沸き起こったのはロイ以外の人物達の爆笑。



「わッ・・・・私の!誕生日なんだがね!!」



自分の誕生日を自分から告知するなんて恥ずかしいにも程がある。

ロイは顔を赤くして怒鳴った。




今までロイは女性関係に不自由した事もなく、誕生日には待っていれば祝いの言葉と贈り物が山のように届いた。

勿論その日の予定の調整なども大変である。分刻みで多くの女性逢わなくてはならない。




それは今年も変わらずである。しかし嫌な面も相変わらずだった。



つまり肝心のからは何の言葉も贈り物も貰えない。

それどころか誕生日であるという事すら忘れられている。


毎年毎年言っているのに。




「いい加減・・・っ!上司の誕生日くらい覚えたらどうかね!」




泣きたい気持ちを堪えて、意味なく胸を張ってロイは言った。

は興味なさげにロイを見上げ、そしてニヤリと不敵な笑みを浮かべた。




「そんなに俺に祝って欲しいのか?ロイ」


「・・・・・・・・・・・・・・・・!!!」




まさにその通りではあるが、ここで頷けるほどロイもできた人間ではなかった。

なにしろは完全に分かってて言っているのだ。

自分に向かうロイの感情の意味を。



「その性格・・・っ・・・どうにかしたまえ!!」



顔を真っ赤にしてロイは怒鳴る。

大人としての尊厳も、上司としての威厳も無いその様にエドは心底愉快そうに笑った。



「可哀想になあー大佐。オレなんて誕生日にはに電話で“おめでとう”って言ってもらったんだぜ?」


「何!?」



威張りながら言い放つエドにロイの目の色は変わった。

物凄い勢いで顔をエドに向ける。



しかしそれをせせら笑って、ハボックが一歩前に出た。


満ち溢れた余裕の表情にエドの眉間に皺が寄る。




「甘いな大将。オレはプラスコーヒー奢ってもらったぜ」


「「何だって!!??」」




ハボックの言葉に今度はエドまでもが声を上げる。

すると今度はアルがすまなさそうに挙手した。視線が集まる。





「・・・ボクは、猫のキーホルダーを買ってもらったよ」


「「「ああ!!??」」」





ロイとエドとハボックの三人は恐ろしい形相でアルを睨んだ。

何でボクにはそんなに怖いの、と、アルは小さくなった。




彼等三人は日頃からに関してはアルをかなり敵視している。

というのも、が特別アルを可愛がっているからだ。
それは態度や言葉に如実に表れ、その度に三人はヤキモキしなければならない。

それはアルの人徳だと理解していても、嫉妬してしまうのは仕方が無いと三人は思う。








その時、の前にカモミールティーを差し出したリザはトレイを抱えなおし、ニッコリと微笑んだ。



普段滅多に拝めない彼女の笑顔にその場の空気が止まる。

華のような笑顔。



ロイの脳裏には、綺麗な華ほど毒があるという誰かの台詞が甦っていた。





そして。





「私は一日買い物に付き合ってもらいました」


「「「「えええええええええええええええ!!???」」」」




リザの一言に、のあからさまな贔屓を感じた四人は泣きたい気持ちで叫んだ。


ここにきてがやっと口を開く。





「女性と同列に並ぼうなんて百万年早ぇ」




スッパリと言い放ち、カモミールティーを一口飲んではリザにニッコリと微笑んだ。



「うん、美味い」


「良かった」



リザも微笑む。




その光景はどこか恋人同士のアレで、耐えられなくなったロイは身体を震えさせながら二人を睨んだ。



「・・・・・・何」

「・・・・・・・・・・っ」




冷たく寄越されたの視線に、ロイは指を突きつけるが。

言葉が出ない。


悲しいのと悔しいのと、その他の感情が入り混じり、ロイには珍しく何を言えばいいのか分からなかった。


まさか本当に誕生日云々で本格的に拗ねるほど自分は子供ではない。ロイはそう思う。

じゃあ自分は何がこんなに悲しいのか。こんなに悔しいのか。



考えて、そして思い当たる。



結局自分は、ただの特別でありたいのだ、と。

ささやかな言葉でも態度でも、少しでいいからそれを感じさせて欲しいと、勝手に願っている。

そして叶わないと駄々を捏ねているのだ。まるで子供のように地団駄を踏んで。




「・・・・いや、なんでもない。・・・諸君、いい加減仕事に戻りたまえ」



勝手な自分の独占欲を目の当たりにしてロイは腕を下ろした。自嘲して、視線も一緒に下げる。

きっとには見抜かれている。そう思ったら急に恥ずかしくなった。



「・・・・・・」


散ってゆく一同の中で、は動かずロイを見詰め続けていたが

ロイはその視線から逃げるように執務室へ入っていった。










「・・・・・何をしているんだ、私は」


執務室に入った途端、ロイは頭を抱えて呟いた。

折角の誕生日なのに気分は既に急降下している。



帰ったら待っているだろう女性からの贈り物の山々も、仕事後に控えたデートも、何の高揚感ももたらさない。


期待していたのだ。無自覚に期待していた。に。

だからこうも落ち込むのだ。




ロイは机に突っ伏し、己の情けなさに溜め息を吐いた。




「・・・・・溜め息は幸せが逃げるって言うぜ」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!?」



声に驚いて顔を上げれば、扉の傍にが立っていた。

しかも手には湯気の立つ白磁のティーカップ。



「なっ・・・なん・・・・・」


「いいから仕事してろ」



立ち上がろうとするロイを片手で静止しては歩み寄り、カップを机の上に置いた。

広がる香り。これは。



「・・・・カモミール・ティー?」



ロイが零した言葉には小さく頷く。



「ああ、淹れてやったんだからありがたく飲めよ」


が!?」


「・・・文句あんのか」



一変して目が据わったに、ロイは慌てて首を横に振った。

実際、ロイの心臓は高鳴っている。に出会って数年経つが、が自分に茶を淹れてくれたのは初めてだった。



「ふん」


不機嫌そうに鼻を鳴らしたを盗み見れば、その頬はほんのり赤い。

照れているのか、と、ロイは緩む頬を必死で隠した。


そしてカップを手に取り口に運ぶ。

香り立つ湯気に視界をぼやけさせながらロイはボンヤリと思った。



今夜の予定は全部キャンセルして、この香りを今日の唯一の思い出にしようか、と。

今日一日をで埋め尽くしたい。

ロイは考えて、まるで少女の片想いのようだと少し照れた。



「・・・・おい」


「・・・ん?」



「これもやる。・・・一応な」




そう言ってが差し出したのは小箱。加えて大きなリボンが付けられている。


そのリボンの色にロイは目を奪われた。




あの色は、の目の輝く群青だ。





「・・・・大の男に、リボンつきかね」


「いらねーんならそれでもいいんだぜ?」


「頂くよ。有難う」


「遅いんだよテメーは」


呆れたように言っては小箱をロイに投げ渡した。受け取って、ロイは微笑む。


「開けてもいいかね?」


「勝手にしろ。もうお前のモンだろ」



らしいといえばそれまでの言い方に、ロイは更に深く笑んでリボンを解く。



小さな箱を開け、入っていたのは。




細かな細工の施された銀のタイピン。

それにはほんの小さな、一粒のルビーがついている。




「・・・・ほう、さすがセンスが良いな」


「当然だ」


ロイは恭しくそれを手に取り眺めた。

傍から見ればその表情は今にも蕩けそうなほど緩んでいる。

その様子を見ていたは満足そうに笑ってロイからタイピンを奪った。




「?」


「付けてやるよ。大サービス」



ギシリ、と。


音を立てては机に乗り、ロイの襟元を掴んだ。


「・・・!」


突如縮んだ距離にロイが慌てて身を引こうとするが、の腕がそれを許さない。


吐息がかかる。




「・・・・・



何か甘い術に嵌ったように、ロイはの名を呼んだ。
間近に見るの双眸に眩暈がする。


「・・・・・あー・・・やっぱネクタイじゃねえと付けにくいな。お前明日からネクタイつけてこいよ」


しかしは聞いていない。ロイにしてみれば既にそれはどちらでも良かった。


ロイは顔を少しだけ傾け、視界にの唇を捉える。




狭まる距離。鼻先を掠めるの匂い。



ロイが目蓋を閉じようとしたその瞬間。




どーーーーーーーーーーーーーーーーん!!!




ロイの身体はに突き飛ばされ、見事にひっくり返った。




「なななな、何だね急に!!」


「つうかテメーこそ勝手に何しようとしてやがんだセクハラ上司」



机に乗ったまま見下ろすに、ロイは言葉を詰まらせた。

撃たれなかっただけ儲けかもしれない。



「・・・愛があればセクハラではなくスキンシップと呼ぶのだよ」


「言ってろ」



が小さく笑ったので、ロイも笑う。

ゆっくりと立ち上がったロイを見て、は頷いた。




「ああ、やっぱ似合うな。さすが俺様」


「ありがとう」


もしかしたら自分は、思っているよりずっとの特別かもしれない。

ロイは考えて、タイピンに指先でそっと触れる。



そして今日の予定はやっぱり全部キャンセルだな、と心で呟いた。




「箱とかリボンとか散らかしてないでちゃんと捨てろよ」


「・・・」



のセリフにロイは少しだけ考えて曖昧に笑って誤魔化した。

リボンも箱も取っておくと言ったらはきっと女々しいと笑うだろう。



それは御免だった。


リボンを持ち上げ、ロイはふと思いつく。

そしてを見て、笑った。





「君の誕生日には花束を贈ろう。」



「何だ、そんなもの貰い慣れてるぜ?」



「特別な花さ」




そのラピスラズリの瞳に映える花々をこのリボンで束にして贈ろう。









君が想像できないほどの大きな花束を。













・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


・・・・・・ん?アレ?なんでしょうコレは。
ダラダラダラダラ長い上にギャグのはずなのにオチも弱いし・・・・!!
誠人さん!もう、もう本当にごめんなさい!!ちょっと、なんていうか、恥ずかしいです!!
リクありがとうございました!!誉は逃げますーーー!!