それは後に、果てしなく阿保な戦いだったと東方司令部で語り継がれるだろう。
ロイ・マスタングVS・。
その戦いの幕開けは麗らかな日差しと緑冴え渡る初夏のある朝。
「今年の夏は暑くなるそうだ。よし、海に行くとしよう」
の水着姿が見たい、という下心満載なロイの一言だった。
サブリミナル・アーミー
「・・・・却下だ。・・・いや、行くのは勝手だが俺は遠慮する」
は珍しく少しだけ動揺して、手元の書類を纏め立ち上がる。
その様子にロイ率いる部下一同は「おや?」と思いながらも無関心を決め込んだ。
下手に突っ込めばどんな報復を返されるか分からない。
しかし恋は盲目というかなんというか、ロイはのささやかな変化に気付かず鼻で笑う。
「上司命令だ、」
職権乱用甚だしい。この阿保上司、とを除く全員が痛む頭を押さえた。
どこにそんな上司命令を下す馬鹿が居る(いや目の前に居るが)。
ロイの下心はバレバレだった。
はあからさまに不機嫌な顔つきでロイを睨み、机に書類を叩きつける。
隣の席のフェリーの肩がビクリと震えた。
「関係あるか。兎に角海は嫌いだ。行くなら俺抜きにしろ」
「ではプールにしよう。それで問題あるまい」
ロイはすかさず妥協案を提示した。の水着姿さえ見られればそれでいいのだ。
ハボックは頭を掻きながら呆れる。
はどちらかと言えば日ごろから露出度の高い格好をしているし、真夏にもなればそれこそ水着姿と大差ない姿になる。
アンタの欲望に底は無いのか、とハボックは己の上司運の無さを嘆いた。
しかしの助けに入らないのは、まあ結局はハボックもの水着姿が見たいのだった。
「プールも嫌いだ。」
はスッパリと拒否した。
ロイの顔が不快そうに歪められる。
「ではどこなら良いのかね?川?湖?」
「・・・何で水関係しかないんだ。山でも良いだろ」
「駄目だ!!」
勿論ロイは大きな声で却下する。
目的はの水着姿、ただそれだけなのだから当然だが。
もう少し頭を使えないのかしら、とリザは複雑な表情をした。
いい大人でそれなりの交渉術も持っている筈なのに、目の前のロイはそれを微塵にも感じさせない。
それほど余裕無くロイは本気なのか、と、リザは考えて、更に複雑な表情になる。
の水着姿を拝むただそれだけの為に必死なロイはこの上なく情けない。
しかしそれでもの助けに入らないのは、と一緒に海に行くのは悪くないと思っているからだ。
にとって、ある意味四面楚歌の構図完成である。
ロイは何を考え付いたのかいやらしく(卑猥と言ってもいいくらいの表情で)笑った。
が再び動揺する。
日頃余裕と尊大さを具現化したような人物なだけにその様子はかなり浮き立った。
も自覚しているのか、すぐさま態度を改めるが。
尚更不自然である。
「何故嫌がる。・・・・まさか、泳げないのかね?」
「!?」
ロイの確信めいた言葉には固まった。
だけではなく、周囲も固まる。
(がカナヅチ!?)
想像つかないその事実に一同は言葉を失った。リザでさえ変な汗をかいている。
にやにやと笑うロイの目の前では鬼の形相で顔を真っ赤にしていた。
「ほほう、そういう事か。ならば私が教授してやろう」
浮き輪のもナカナカ。
妄想に頬を緩ませるロイに、は。
「テメエ、ぶっ殺す!!!」
真っ赤な顔のまま問答無用で殴りかかった。
「止まれロイ!黙って八割殺されろ!!」
「それは瀕死と言うんだ!」
東方司令部内部にて鬼ごっこは続いた。
鬼神の如き表情で疾走しながら、周囲のあらゆるものを使って武器を練成し
それらを尽くロイに投げつける。
それを軽々と掻い潜りながら逃走するロイ。
彼等の通った後は瓦礫の山と化している。
「恥ずかしがる事はないだろう、誰しも得手不得手があるものだ」
「黙れこのクソ狐!!俺のプライドに懸けてテメエはぶっ飛ばす!!」
鉄製の槍が飛ぶ。
「存外繊細だな。悪くない、好みの範疇だ」
ひょいと飛び上がって回避するロイ。
「ああそうかいそりゃ結構な事だ!ついでに言えば俺はテメエが心底嫌いだ!!」
風を切って石製の短剣(五本)がロイを襲う。
「ふふん、また心にも無い事を。しかし素直じゃない所も好みだ」
慌てる事無くひょいひょいひょいとかわす。
「どこまでめでたい脳ミソなんだ!!」
「愛故に。浮き輪姿のもさぞ愛くるしいだろう」
「絶対九割は殺す!!!」
「それは危篤状態じゃないのかね?」
の攻撃のその尽くは、怒り故に単調で単純。
ロイにとって避けるのは造作もない。
に日頃の冷静さがもう少し残っていればもう少し事は早く片付いたのかもしれないが、
今やに理性は殆ど残っていない。滅多に受けない屈辱に怒り絶頂、大暴走。
この間、二人の足はひと時も止まってはいない。
被害は広がるばかり。
他の職員たちは部署に閉じこもり嵐が収まるのをただひたすら祈った。
「いい加減止めないと海どころじゃないっスね」
遠くに響く轟音。
ハボックは手にしていたペンで頭を掻いてチラリとリザを見やった。
「そうね」
も可哀想だし、とリザは立ち上がる。手にはスコープ付きのライフル。
そのまま部屋の窓側に近付き、向かいの建物の廊下を走る二人の姿を確認する。
「う、撃つんすか!?」
ライフルを肩に置きスコープを覗くリザにハボックは顔色を変えた。
あの狐大佐はまあ良いとして、に何かあったら、と。
「威嚇に決まっているでしょう。・・・当るとすれば、大佐ね」
「じゃあ問題無いです」
「・・・・・不穏当ね、お互い」
リザとハボックは笑う。
が、そのすぐ傍に居たフュリー、ファルマン、ブレダは顔を引き攣らせるだけで笑う余裕は無かった。
ただ祈るだけ。内輪の争奪戦で死人が出ませんようにと。
特に一応は尊敬している上司が危ない。
そして。
ドンドンドン!!
腹に響く音のすぐ後に、遠くで硝子が割れる音。
ハボックがひょいと窓の外を覗けば。
顔面蒼白で壁に張り付いたロイの姿と、
満面の笑みでそのロイにデコピンを連発するの姿があった。
その後、額を真っ赤に腫らしてが壊した場所を直して回るロイの姿が目撃された。
かくしてこの闘いはの勝利に思われたが。
一ヵ月後、はまんまとロイの策略に嵌り海に行くことになる。
豹柄の水着で水玉模様の浮き輪をつけ悔しそうに恥ずかしそうに海に浮かぶの姿に
ロイは鼻血を出してカメラのシャッターを押し続けた。
後日、ロイにその写真を見せびらかされたエドは
海に行こうとに言い寄り殴り飛ばされたらしい。
合掌。
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ハイ、もうスッゴク楽しんで書きました!リク有難う御座いました誠人さん!!
テンション高すぎて逆に空回り風です。ごめんなさい。
今度こそは謝らないで済むようなものを書きたかったんですが自覚しました。
どんなの書いたってやっぱり心配です。お気に召されればいいなあと思いながら捧げます。