青春。
それが“どういうものか”と問われても、多分簡単に答えられる奴はいない。
辞書に載ってるその言葉の意味を言うのは簡単だが、ナニカが違う。
それが何なのかは誰にも判らない。
ボヘミアン・ヒロイズム
今日はとことんツイてなかった。
朝っぱらから機嫌が最高に最悪だった姉ちゃんに叩き起こされて、
しかも外は大雨で、学校に着いたら抜き打ちテストがあって、
進路指導では「高校に行きたいなら志望校を変えろ」とか言われた。
ちょっと俺の青春真っ暗じゃないの、と漏らしたら
水色は携帯片手に「啓吾の青春って何を指すわけ?」なんて訊くし
そんなん改めて聞かれても答えられないから何か更に落ち込んで
やっぱり真っ暗だ、と思った。
しかも帰りにもまだ雨は降っていたのに傘も自転車も盗まれてて
仕方ないからバスで帰ろうとしたら隣の女の子がバッチシ痴漢に遭ってる。
チラチラ俺を見て助けを求めてくるけど痴漢のオッサンは俺より体格良いし
そもそもナンデ俺に助けを求めるわけ?とか
人選ミスだろ、俺のどこがそんなに頼れそうなんだよとか、思った。
情けないけどそういう度胸とか正義感とか俺には無くて、欲しいけど手に入らなくて
だから大きな目に涙をためて俺を見詰める女の子の視線を受け止めることはできなかった。
(ツイてねえ・・・)
今日何度目かも判らない溜め息を零す。
こう一日に何度も嫌な事が続いて
極めつけは己の劣情を目の当たりにして落ち込んで
そして判っているのに踏み出さない俺は
底無しに恰好悪い。
結局俺は作り話の中の主役の様にはなれないのだと思い知る。
その時、女の子とは逆側の俺の隣に立っていた男が、耳からヘッドホンを外した。
漏れる音楽はどこかで聴いたことのある軽快な洋楽。
ああ、そうだ。
ボヘミアン・ラプソディー。
「そこまでだ」
凛とした声で言った。
空気が止まった気がした。
エンジン音とか雨の音とか全部が一瞬で消え去って、もう一度綺麗な声が響く。
周囲の視線が集中してもソイツはまるで王者のように君臨していた。
身動きができないほどすし詰めだった車内に僅かな空間ができた。
悠然とその男は痴漢に向いた。
俺は自分の脳ミソを疑った。
子供向けのアニメとか絵本とか、そんなのの中に迷い込んだんじゃねえかと思ったんだ。
だってソイツは子供の頃夢見た正義の味方そのまんまで
現実味とかなくて、でも圧倒的な存在感。
痴漢も女の子も他の乗客も空気に飲まれている。
映画を観ている感覚に似ていた。
主役の男が再び口を開く。
「そこまでだ、クソヤロー」
声と同時に丁度、バス停に止まった。ドアが音を立てて開く。
その瞬間男は女の子に微笑んだ。微笑んで腕を伸ばし腰を引き寄せ抱きとめる。
動きは華麗。俺は暢気に、コイツにはきっと白馬が素で似合うだろうなと考えた。
そして。
ドカ!!
痴漢の鳩尾を蹴り飛ばした。
「ゲフ!?」
男以外は多分唖然としていた。俺もそうだ。
痴漢はそのまま開いたドアから外に転げ落ち水溜りに顔を突っ込んで止まった。
雨と泥でスーツはグチャグチャになり、痴漢は鼻と腹を押さえてコッチを睨んだ。
羞恥と怒りで顔は真っ赤だ。
男は女の子を抱き寄せたまま俺の隣にいたから俺まで睨まれている錯覚に落ちる。
痴漢は体格に相応しく厳つい顔で迫力があり、正直ビビッたけど目を逸らすような真似は、今はできないと思った。
だってそれじゃああんまりにも俺が無様じゃん。
「に、睨んでんじゃねえよ、自業自得だろうが!」
頑張って怒鳴った。
いや、今更頑張ってどうすんだ、とか思ったけど。
でも女の子に恰好イイとこ見せれなくても、
男の方に情けないトコは見せたくないんだよ。
なんとなく。
男は何も言わなかった。痴漢は・・・・今度こそ俺を睨んでいる。
運転手、何でバス出さないんだよ。というかドア閉めて!!
「か、恰好つけてんじゃねえぞガキィ!!」
「ヒイイイイイイイイイヤアアアアアアアアア!!」
痴漢が怒号と共に立ち上がった。叫ぶ俺。
顔とか体とか泥と雨とついでに鼻血だらけで、フラフラしながら痴漢はそれでも鬼みたいな顔で近づいてくる。
怖い。
かなり怖い。
そういえば昨日水色と行ったゲーセンでこんな感じの敵を撃つゲームをした気がする。
なんかバイオでゾンビなゲームだった。
今の俺の目の前に繰り広げられている光景はまさにそれと酷似していた。
撃たなければ!!と俺の脳が阿呆な命令を下し体が従順に動く。
辺りを見回しても武器は無い。
やっぱり今日はツイてないし、
俺は恰好悪いままなんだろうか。
「・・・ホイ、コレ」
男が何かを俺に差し出した。
それが何か確認したかったし礼とか言いたかったけど生憎そんな余裕はなくて
差し出された物を視界の片隅で確認して右手で引っ掴み、その勢いのまま痴漢の顔面めがけてブン投げる。
ソレは見事命中して痴漢は仰向けに倒れた。どうやら差し出されたのは痴漢の鞄だったらしい。
バシャーン、と大きな音が響く。
あれ後頭部強打してたら死ぬんじゃないか?とちょっとゾッとしたけど異様な興奮のほうが勝った。
やった。俺はやった!
ああもう何でこんな時に限って水色はいないんだ、と思ったけど
そういやマリエさんと会うと言っていたのを思い出した。
アイツの青春ってそういうのだけで全部占められているんだろうなあと考えたら
少しだけ悲しくなって振り上げていた拳を下ろした。
俺の隣で男は顔だけを持ち上げた痴漢に微笑んだ。
腕の中の女の子が何故だか青褪めている。
何で?と男の顔を見て・・・・・俺も一気に青褪めた。
「よォ、顔も声もその臭い体臭も全部覚えたぜ?
今度俺の視界内で同じ事してみな・・・・夜道を独りで歩けなくしてやるよ」
その言葉と表情に俺は、“悪魔”の存在を信じられる気がした。
そしてドアが閉まりバスは走り出す。タイミング狙ってやがったな運転手・・・・!
怒り心頭で前に行こうとしたら他の乗客に行く手を阻まれた。そして。
パチパチパチパチパチーーーー!!!
生まれて初めて見知らぬ人達に拍手されたんだ。
不覚にもなんか、泣きそうだった。
「よ、ヒーローだな」
男に声を掛けられて俺が振り返ると、女の子が目の前にいてイキナリ手を掴まれた。
俺の脳裏に巡ったのは今大人気の「地下鉄男」。
地下鉄の中で痴漢から女の子を救った男の話だ。
因みに地下鉄男はその女の子とくっついている。
おおう!?俺にも恋の予感!?
「ありがとうございました!!」
笑顔でお礼を言う女の子に、実際俺はちょっと複雑だった。
だって俺は最初見ない振りをしてて、この女の子を実際助けたのはあの男で。
俺は、考えてみれば安全になってからしゃしゃり出たハイエナ的存在かもしれない。
急にいたたまれなくなった。
「や、俺は・・・」
「そこは“イエス”」
否定しようとしたら男が口を挟んだ。
アンタがそれを言ったら俺は余計惨めじゃないか、と思ったけど
言っていることは正しいかもしれないとも思った。
女の子に向き直り頭を掻く。
今度は気恥ずかしかった。女の子に真剣に見詰められてお礼を言われるのも初めてだ。
「・・・・えーっと・・・・うん、はい。」
次のバス停で女の子は降りて、深くお辞儀をした。
恋は生まれなかったけれど違う何かは生まれたような気がした。
大分空いたバスの中で俺は座席に座った。
さっきまでの出来事が嘘みたいに、再び雨の音とかエンジン音が鳴り響く。
白昼夢だったと言われれば迷いなく頷くだろう。
俺の隣に座るこの存在がなければ。
「・・・・あの」
「何」
「・・・・空いてるよ、な。バス」
「ん、空いてるなー。」
じゃあ何で俺の隣に座るのこの人。
しかも何でずっと俺の顔見てんの?
「あのさー、お前今年高校受験?」
唐突な質問に俺は唖然とした。その前に自己紹介とかあんだろ。
ついでに嫌な事も思い出した。
そういえば志望校変えろって言われてたんだよ俺は。
「そうだけど・・・」
「何処志望?」
なんで言わなきゃなんないんだよ。
とか思ったのに、俺の口は俺を裏切って素直に答えていた。
「空座第一」
男は大きな目を少しだけ楽しそうに細めて頷いた。
「ふうん・・・じゃ頑張れ」
「はあ?」
バスが止まりドアが開く。
男は身を翻して外に出た。
え、いや、だから何だったの?
「俺の名前、っての」
「え?」
「空座第一、俺も其処行くからちゃんと合格しろよ」
唖然として口を開けたままの俺を他所にドアは無情に閉まり
慌てて窓を開けようとしたけど上手くいかない。
窓の外であの男が、が笑顔で見上げて手を振っている。
バスが動き出しても俺は窓に張り付いてその姿をできるだけ長く見続けた。
まだ雨は降っていて傘も自転車も戻ってはこないし
家に帰ったら姉ちゃんにまた虐められるだろうけど、今日の俺は最高にツイてる気がした。
そしてもう一度会えて、それで友情とかそんなのがアイツと俺の間に生まれるなら
それこそ空だって飛べるような気がしたんだ。
「今日は機嫌が良いんだね、啓吾」
「担任にはボロクソ怒鳴られたけどなー」
「何したの?」
「別に。志望校は変えないって言っただけ」
青春。
それが“どういうものか”と問われても、多分簡単に答えられる奴はいない。
辞書に載ってるその言葉の意味を言うのは簡単だが、ナニカが違う。
だけどあの時唐突に思ったんだ。
アイツといるその瞬間は、青春かもしれないって。
人生の春なんじゃないかって。
思ったんだ。
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これは・・・これはなんというか・・・言い訳すら思いつかない、です・・・。
主人公の名前ほとんど出てないしこれもうなんなの!?と思われているでしょう・・・
折角、77777番リクしてくださったのに、誉は死にたい気持ちです。
青春ってどんなんだろうと悩んだ結果で・・・・うう・・・・ううう・・・・うわーん!!
申し訳ございません龍さん・・・でもでも、リク有難うございました!