一人、街中の噴水の前で。
エドは猛烈に興奮と緊張を感じていた。
と初めて仕事でも何でもなく、二人きりで出かける。
直立不動でが現れるのを待つエドの掌は汗をかき、湿っている。
ほんのちょっとした希望的観測さえ足せば、これはもう立派なデートじゃないか!?
鼻息荒く考えるエドの目元には隠せないくらいのクマができていた。
淡彩恋々
エドは努力に人である。
願うだけで救われる世界ではないと、現実は甘くないと身をもって知っているからこそ
エドはあらゆる物事を涙ぐましい努力で乗り越えようとする。
今日の予定が立った昨夜からエドは睡眠を取らずに努力を積み重ねた。
慌ててかき集めた雑誌で情報収集、徹底的なスケジュールプラン、繰り返す脳内模擬実験。
「完璧だ・・・!」
待ち合わせ10分前、最後のシュミレーションを終えたエドは小さくガッツポ−ズをした。
大成功だったのだ。
(ちなみにエドは待ち合わせ二時間前からこの場所に突っ立っている)
棚からボタモチ的展開ゆえのデートとはいえ、失敗は許されない。
ああ、大佐。オレは今初めてアンタに心底感謝してる、とエドは空の雲にロイの顔を思い浮かべた。
今日、を独り占めするはずだった(というか二人きりの出張の予定だった)ロイは、
出発の直前でと喧嘩したのだった。
丁度この頃ロイは列車の中で
の代わりに付き添ったハボックに八つ当たりをしていた。
予定がガラ空きになったは、昨夜エドに呼び出しの電話をしたわけである。
呼び出しの電話を受けた時、エドは普段の冷静さとか凛々しさとか厚かましさとかそういう
人に対して優位を取るのに必要な堂々としたものを一瞬で捨てた。というか失った。というよりもに奪われた。
全身から汗を噴出し真っ赤になり、しかも完全にどもっていた。
隣にいたアルは、兄の情けなさを目の当たりにしてショックを受けたほどだ。
「あー・・・あー・・・あと五分か」
エドはソワソワと時計を見上げる。
さっき見上げてから二分しか経っていなかった。
早く来て欲しいような来て欲しくないような、いや来て欲しいんだけど来たら来たで
今でさえ、待ってるだけでこんななのに、オレ最悪に格好悪い所ばっかり連発して見せるかも。
エドはそう考えて、赤い顔を一気に青くした。
「うわ、最悪・・・!」
「何が最悪だって?」
「・・・・・ひ・・・!」
至近距離から掛けられた声にエドはほんの数ミリ飛び上がり振り返る。
そこには。
「悲鳴上げるほど怖いのか、俺が」
普段見慣れたのとはまた違う雰囲気の服装で立つ。
ラフで、普通で、本当に普通で。
だからこそ本人が浮き立ってエドの目に映った。
少し寝癖が残った髪も、明らかに寝起きな表情も、皺だらけのシャツもくたびれたジーンズも。
片手の指を無造作にポケットに入れて気だるげに立つ姿も。
黒い布で隠されていない右目も。
全部が好きだとエドは思う。
飾らないでくれて嬉しい。
自分はのそういう場所になりたいとずっと願っていたから。
本当はゴチャゴチャしたのは全部誤魔化しで、ただ会いたかったとエドは思った。
棚ボタでもカッコ悪いの連発でも傍に居れれば、隣に立てるならもうなんでもいい。
観念したようにエドはを真っ直ぐ見る。
そもそも好きな相手の前で恰好良くい続ける方が無理な話なんだ。
「嬉しい」
ポロリと。
本当に零れるようにその言葉は意識せずエドの口から出ていた。
「会えて、嬉しい」
エドは自分の台詞を理解するのに酷く時間を費やした。
そしてやっと脳が理解して、ボフッと頭のてっぺんから湯気を出す。
は無言だった。
無言で目を見開いて、そしてゆっくりと掌で口を覆う。
エドは「笑われる!」と咄嗟に身構えたが、の笑い声は一向に降ってこない。
「・・・??」
不安げにの顔を覗こうとすると、はフイと顔を背ける。
何度も何度も。
「な、なんだよ!」
あんまりといえばあんまりなの態度にエドは大きな声を上げた。
しかし顔を逸らしたままは答えない。
再度怒鳴ろうとしたエドは、衝撃的なものを目撃して固まった。
の頬が。耳が。首まで。
エドに劣らず真っ赤になっている。
口を大きく開けて呆然とするエドに、はコッソリと舌打ちした。
ちくしょう、これだからガキは怖い。
真正面から言いやがって、普通言うか、言わねえよ!
エドの言葉は不意打ちといえば不意打ちだったし
ドンピシャなタイミングでもあった。
も、エドの姿を見つけた時に。
遡れば本当は大分前から会いたいと思っていた。
だからわざとロイをけしかけて喧嘩して出張を取り消して時間を作ったのだ。
固まり続けるエドを盗み見ては自分の心臓が小さく締め付けられるのを感じる。
は昨夜の事を思い出した。
電話をしてエドの声が聞こえて、電話ってすげえと思った。
作った奴に礼を言ってもいい。いや、会えたら多分言う。絶対言う。
はそんな事を考えた自分が馬鹿みたいで可笑しくて、電話を切った後も笑った。
そしてエドに早く会いたいと思った。
お人好しで馬鹿正直で真っ直ぐな、光のような少年に。
エドに。
会いたいと、思っていた。
「・・・鋼」
は口を掌で隠したまま、エドを呼んだ。くぐもった声で。
そんな声は初めてで、エドは自然と姿勢を正す。
ゆっくりと自分に移るの双眸に見入った。
掌は下ろされ、の表情が晒される。
「え?」
そっと。
の指がエドの指に絡む。
そしては少しだけ上半身を倒してエドの耳に唇を寄せた。
囁くのは。
「会いたかった」
珠玉の言葉。
「・・・・〜っ!!」
エドはの指を離さないままその場にへたり込んだ。
万歳の格好になって、真っ赤な顔でを見上げる。
エドは、
なんだこれ夢か!?
こんな、こんなのってアリかよ、不意打ちだ!と頭の中で大声で叫ぶ。
しかし実際は声にならずに「あ」とか「う」とか呻くだけ。
見下ろすの表情は綺麗で、真っ赤でも綺麗でカッコ良くて
なんかズルイ、とエドは思う。
思ったので言った。
「・・・なんか・・・狡いし・・・」
は小さく目を見開き、ニヤリと笑う。
それはもういつものの表情で、エドは少し残念に思った。
「ああ?生意気言ってんじゃねえよ、ガキ」
ケラケラと笑ってはエドの手を引き、立たせて頭を撫でた。
ぐしゃぐしゃと乱暴に髪をかきまぜて、最後にポンと軽く叩く。
「さーて、どこに行くんだ?鋼」
「え?」
「初デートなんだから気合入れていけよ」
その一言で全て見通されている事を知ったエドは
恥ずかしい反面嬉しくなってニヤリと笑い返す。
「上等だ、ぜってー満足させてやる!」
歩き始めても離れないの指先の熱さ。
エドは再びロイに感謝しながら、最後に
ザマーミロ大佐!とほくそえんだ。
後日。
エドは軍部で吊るし上げられる事になる。
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RIKOさん・・・99999HITキリリク、ありがとうございました。
そして、今、きっと読み終えられて思われているでしょう・・・
「これデートじゃねえよ!」と。
・・・ええ、そうです・・・いや、なんというか、家に帰るまでが遠足なら
待ち合わせてる時とか、出発するまでもデートだし!とか勝手に思って・・・しまって・・・。
ひいー・・・あわわわわ。すみません、こんなの捧げちゃって。
ちょっと泥沼に沈んできます。
それでは本当にありがとうございました・・・!(脱兎