十番隊詰め所前廊下にて。



「松本チャン、今日も可愛いね。まるで美味しそうな砂糖菓子だ」

「そう?ありがとう、。アンタも素敵よ」

の(頭の悪い)挨拶をスラリと躱して松本は妖艶に笑う。
そしても気分を害する事無く笑い返す。
それは彼等の日常。彼等のいつもの光景。

だがそこに運悪く出くわした彼等の上司の日番谷冬獅郎は、そうとは知らずに。


「・・・・・」



気配を殺し姿を隠して、固まっていた。











心落下











まさか、そんな、よりによって。
日番谷はいつもの不機嫌そうな表情で、しかし内心はかなり動揺しながら廊下を早足で歩く。

まさかが松本を好きだなんて。
毎日毎日十番隊まで来ていたのは、松本に会うためだったなんて。
心のどこかで、は自分を好いていると確信していた日番谷は己の滑稽さを自嘲した。
とんだ思い上がりだったのだと。

よりによって松本。
アイツは、確かにイイ女だ、と日番谷は思う。
それは副官と隊長の関係で良く知っている。

日番谷は、ちくしょうと唸った。
松本と争奪戦を繰り広げるのは容易い。勝つ自信もある。
けれどその全てはが“誰かに決めていない”ことが条件で。

が選んだ相手を、日番谷は表立って否定できない。
憎まれても良いと割り切ってまで邪魔もできない。
そういう惚れ方をしてしまっていた。


「・・・クソ」

乱暴に舌打ちして足を止める。
目的地もなく歩いていたせいで十番隊から大分離れていた。

十番隊には戻れない。
今はあの二人を前にして平静でいられる自信はない。

「・・・情けねぇ」

そう日番谷が呟いた時。



「・・・どう、したの?シロちゃん」



見知った、心許す少女の声が日番谷の耳に届いた。












その頃は。


「なー松本チャン、とーしろー何処行ったんだあ?」

「知らないわよ。・・・、いい加減自分の隊に戻りな。イヅルが泣いてたよ」

「やだね。とーしろーの顔見ないと一日が始まらないんだよーん」


ジタバタジタバタ。
日番谷の机にしがみついてダダをこねるに、松本は大きく溜め息を吐いた。

「そういうのは本人に言いなさいよ。」

至極尤もな発言にもはケラケラと笑うだけ。
松本は自分の上司の憐れさを今更ながらに不憫に思った。


影で甘い言葉を吐いて
目の前に立てば飄々として本心を見せない。
そんなに惚れた日番谷の苦悩を、松本は誰よりも良く知っている。


「・・・、正直なところアンタ隊長をどう思ってるの?」

「へ?」

「好きなの?嫌いなの?」


松本の質問にしばし呆けたは、やがてゆっくりと微笑んだ。
心の底の何かを揺るがす表情。

「なんで二択?・・・まだまだ甘いね松本チャン」


流れる動作で優雅に立ち、窓から差し込む光を背中に受けては堂々と迷い無く言った。



「答えは、愛さ」




だから、だったらそうあのガキで実直な隊長に言ってよ。
松本は赤くなった顔を隠してそう心の中で毒づいた。






結局待ちきれなくなったは、日番谷を探しに出た。
てくてくと歩きながら周囲を見回す。

「お」

前方に人影を発見したは走り出した。
そして。


「よーう、恋次!!」

「!!」


どかーん、と体当たりをしてその人物の背中にぶら下がる。
よろけた恋次は、しかし体勢を立て直し首だけで振り返り背中のを見下ろした。
慣れたもので動揺や驚きは表情にはない。

見せるのは、優しい笑顔。


さん。何か用ですか?」

「とーしろー見てねぇ?」

「十番隊の隊長さん・・・ああ、さっき向こうで雛森と話しこんでましたよ」


ピクリと。
の笑顔が引き攣った。


「雛森って、あの五番隊のカワイコちゃん?」

「・・・あー、ま、多分そうです」

「・・・」


ピクククク、と。
の頬が痙攣する。

さすがの恋次も異変に気づき背中からを降ろし距離を取った。


は頬が引き攣ろうが痙攣しようがあくまで笑顔だった。
笑顔だったが。


「・・・さん。目が笑ってないですよ」

「うるせーバカ」


完全に怒ってるな、これは。と、察知して恋次は情けなく笑った。
白状してしまえば心底日番谷が羨ましかったのである。

掴み所が無く、自由そのもののような
こんな風にあからさまな嫉妬をしてもらえるなんて、きっと嬉しくて堪らないだろう。
羨ましく、妬ましいというのが恋次の本音だった。

日番谷はどう考えてもが好きで、も分かりづらいが日番谷を好きで。
両想いだという事実を知らないのは当人達だけ。

周囲は知っていても言わないし教えない。
それは皆が、恋次と似たような(もしくは同様の)感情を抱いているからだった。



「・・・・あー、気分悪い。よし。」


「あ、戻ります?じゃあ俺と甘味処に行きま」


「殴りに行く。」


「は?」



隙を突いてあわよくば、と思った恋次だったが、予想だにしなかった展開についてゆけず
間抜けな声を出して固まった。


「雛森の前じゃ可愛く笑うんだよ、あのちびっ子隊長。ムカツク。
 俺の前じゃ「ふっ」とか「へっ」とか片頬で笑うくせにあのクソガキ!
 あー思い出したらマジ腹立ってきた。殴る、ぜってー殴る。んで爽やか笑顔百連発とかさせてやる。」


ひとりヒートアップして拳を握るを眺めながら
日番谷とがくっつかない全ての原因はのこの性格と思考回路かもしれないと恋次は思った。

ご愁傷様です、日番谷隊長。


走り去るの背中に小さく呟いて恋次は合掌した。













「アハハ、それだけじゃ乱菊さんとさんが両想いって事にはならないよ」

落ち込む日番谷に事情を聞いた雛森は笑ってそう言った。


「・・・だけど普通は言わねえだろ、可愛いとか、砂糖菓子とか」

さんは言うよー。前、名前も知らない私に
 “やーその唇甘い果物みたいでおいしそうだねー。味見してもイイ?”ってイキナリ言ったよ?」

「・・・っ」


あの馬鹿。八方美人の魔性男。
日番谷は脳内で罵詈雑言を繰り返す。
誰にでも愛想振りまいて気を持たせてどういうつもりだ!と。

わなわなと震える拳を握り締め、日番谷は勢い良く顔を引き上げた。
その隣で雛森は更に言葉を続ける。

「それに、さんは絶対シロちゃんを好きなんだと思うけど・・・・って、アレ?シロちゃん?」

雛森が気づいた時には日番谷の姿は既に無く、小さな空気の振動だけがそこに残されていた。


「肝心なところ聞かないんだから。・・・シロちゃんって恋愛運悪いなぁ」

せっかくいい加減可哀想だから教えてあげようとしたのに。

雛森は呟いて少し考える。
あのを気づいてないとはいえ射止めているのだから恋愛運は逆に最高かもしれない。
そう思ったら、同情した自分がなんだか馬鹿らしく思えてきた。


「もうちょっと意地悪した方が良かったかも」


失敗したなあと小さく舌を出して、雛森もその場所を後にした。









日番谷を目指し疾走すると、を探して奔走する日番谷。
彼らがお互いの気持ちを察するのはあともう少しだけ先の話。


さあ次の角を曲がったら、空から恋が降ってくる。














「乱菊さん、私思うんですけど」
「あら、なあに」

「砂糖菓子と甘い果物、どっちがさんの好みなんでしょう」


「・・・・・」
「・・・・・」


「お互いのこれからの為に、その問題は言及しない方が良いわね」
「・・・そうですね」





ここで女同士のささやかな争いが勃発していたが
後にも語られることは無い。









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RIKOさん連続キリリクありがとうございましたー!
さー・・・どうしましょう。そんな恩を仇で返してしまいましたが、あわわ。
しかも夢主セクハラ魔人になってますし、ええと、その、ぐはー!
こんなんですが捧げさせてください!
そしてどうかこれからもお見捨てなきよう、お暇な時にでも遊びに来て頂けたら幸いです。
ありがとうございました。