「・・・来いよ、鋼」





ゆっくりと差し出された掌に招かれて、フワフワとした足取りでに近付く。
ベッドに腰掛けるの背後にある窓。
薄い布地のカーテンの向こうから光が漏れて、の髪の色素を奪っていた。


「鋼・・・」

名を呼ばれれば胸が震える。
どんな媚薬も存在意義を失うほどだ。

そっとの首筋に指先で触れれば、は擽ったそうに笑った。
堪らずそのまま抱きしめる。
甘い匂いがした。


「ずっと」
呟けば、背中にの腕が回って。
「うん?」
優しく柔らかく聞き返される。
その声だけで不覚にも泣きそうになって、けれどそれはあまりにも情けないので必死で我慢した。
そして再び口を開く。

「ずっと、こうしたかった」


まるで夢のようだ、と思った瞬間。



「オラ、クソガキ!!起きろ!!」


ああくそやっぱ夢オチかよ。
エドは痛む額を押さえて目蓋を開いた。







「つうか、何の用だよ」
素敵な夢(妄想の集大成)を邪魔されたエドは、現実の厳しさに嘆きつつ呟いた。
目の前のに夢の中のような甘さは微塵も感じられない。

はフンと笑っていやらしい目つきでエドを眺めた。
「で?・・・何をしたかったって?」
「―――ッ!!」

聞かれた!とエドは一気に顔を限界まで赤くした。
聞かれたくない、本心を吐露する自分ではどうしようもない“寝言”を。

「・・・ガキ」
動揺して口をパクパクさせるエドを愉快そうに眺めて、は言い捨てる。
じゃあ大人だって言うなら聞かないフリはできなかったのか、とエドは泣きたい気持ちで思った。

とはいえ問題はここをどう切り抜けるかで。


「・・・・う」
「う?」
「腕試しを・・・・・!!」


不憫なるは恋愛の駆け引きも知らないエドなのか、それとも相手がということなのか。
ほーそりゃあいい度胸だ、と不敵な笑みを零したに完膚なきまでに叩きのめされて一日が始まる。









                    恋愛DayDream












「兄さん、僕は応援するよ!」

買い物に出かけ、帰ってきたエドが手にしていたものを見て。
アルは一瞬言葉を失ったが、何とか頑張ってそんな事を言った。
が。

「・・・素直に言っていいんだぜ、アル」
エドから返ってきたのは悲しげな視線と心底憐れな声で。
「・・・・」
またも言葉を失ったアルはフォローの言葉も思いつかず「じゃあ」と意を決した。

「・・・兄さん、それは情けないよ」
「分かってんだよそんな事は!!」
「だ、だから言わなかったのに・・・」
「ウルセー!!」

エドの手にあったのは
“恋愛大全集〜愛しいあの子をゲットする方法100選スマート紳士編〜”だった。

結局エドは、一人でそんなものを読み耽る侘びしさは耐え切れずアルを巻き込んで本を前にした。

「なんで僕まで・・・」
「べ、別に良いだろ!暇だって言っただろうが!」
あからさますぎて羞恥心を煽る表紙を乱暴に捲れば、見出しはなんとも興味を引くものだった。
エドは一気に目を輝かせる。

「・・・“冷たいあの人を華麗に魅了する手段”・・・これだ・・・!!」
その隣でアルは冷や汗をかいた。
「うわぁ・・・」
感嘆ではなく落胆に近い“うわぁ”である。
見出しからして嘘臭いことこの上ないが、恋は盲目よろしく冷静な判断をできなくなっているエドは見事に喰いついた。
いつの時代もこういった類のものが後を絶たないのはこういうことなのだろうとアルは納得する。

「何々・・・・ふんふん、相手は冷たさの中にこちらの愛の深さを見極めようという魂胆を隠し持っている、か・・・」
「それって相手がこっちを“好き”だっていう大前提の下、だよね・・・」
「五月蝿いぞアル!!」

兄さん酷い。

こうして恋する少年の暴走は徹夜で続けられた。







翌日。

完徹したエドは目の下に薄っすらとクマを作ったまま東方司令部へと赴いた。
頭の中には暗記した華麗なる紳士的恋愛技が渦巻いている。
努力の上に冠する天才の名に恥じない姿だった。

この場合方向性は間違っているが。



紳士的恋愛技その1、挨拶は優雅な言葉に一輪の花を添えて。



「お、おはよう、オ、オオオオオレの天使!」
第一声は完全に裏返った声だった。
しかしそれよりもと他の連中の度肝を抜いたのはその台詞と差し出された紅いバラで。
は真顔でバラを受け取ると、そのまま鋭角に切られた茎をエドの額に刺した。
ブスリと。
そしてやはり真顔のままエドを見下ろす。

「痛ぇ!!」
エドが叫んで涙目になれば、は腰に手を当ててエドが開け放ったままの扉を指差した。

「落とした脳みそのネジ拾って来い」


紳士的恋愛技その1、大失敗。



部屋を追い出されご丁寧に内側から鍵を掛けられたエドは
扉の前で呆然としながら脳をフル回転させた。
ここに冷静な判断をできる者・・・例えばアルが居たなら止めに入り事なきを得ただろうが、
アルは賢明にも同行を拒否し、その頃宿舎の部屋で、アルは「兄さん変わったな」と憂いていた。



紳士的恋愛技その2、愛を伝える手段は言葉だけではない。愛の篭った贈り物は氷の心も溶かす!


「・・・何の嫌がらせだ」
次々と軍の受付に届く宛の贈り物の山。
それはの机に届けられ、の姿は今や完全に埋もれている。
その光景をロイ以下数名は笑をこらえながら見守った。

差出人は全てエド。
プレゼントの中身は装飾品や服、靴、果ては武器にぬいぐるみまで。
散々迷った挙句エドはあらゆる店のあらゆる物を片っ端から買い漁っているのである。
そして買ったそばから送りつけてきているわけで。

「可愛いじゃないか」
くつくつと笑いながらロイは手近にあった小さな箱を取って開けた。
中には銀のピアス。
シンプルで、それでいて洗練されたデザインだった。

はロイをひと睨みしてそれを奪い、深く深く溜め息をつく。
そしてしつこく笑うハボックを軽く蹴ってウンザリしたように口を開いた。

「全部鋼に送り返せ」
「へーへー。・・・それは?」

ハボックが指差したのは、の手の中に納まった小さな箱で。
は視線を落として不機嫌そうに見詰めたが、徐にそれを耳につけ部屋を出て行った。

「・・・素直じゃないんだから」

リザの呟きにロイとハボックは顔を見合わせて、少しだけ不愉快そうに眉を顰めた。


紳士的恋愛技その2、微妙に成功・・・?









は不機嫌な目つきと足取りで周囲の人間を蹴散らしながら建物前の大階段に腰を掛けた。
懐から煙草の箱を取り出すが、乱暴にまたしまう。
最近、敷地内は禁煙になったのだ。
しかも喫煙室もまだ設置されていない。

これはハボックにも共通する考えだが、はこの「軍内完全禁煙計画」を持ち出した人間を
いつかきっとボコボコにしてやろうと考えた。
ちなみにとハボックは共謀してその人物を洗い出すことに奔走している。

ロイ、危うし。


苛立ったように見上げるは冬特有の霞んだ青空、アリスブルー。
光の反射が鈍いその空はにほんの少しばかりの鎮静効果をもたらした。

上半身を少しだけ屈ませて「フー」と息を吐けば二酸化炭素は白く色づく。
それをボンヤリ眺めたの視界に、空を遮るように小さな影がかかり。


「・・・

その声がそっと降り注ぐ。









エドは再び軍に舞い戻っていた。
しかし締め出しを喰らった身でどうしようかと考えていた時、が現れた。
少しばかりいい結果を期待を抱いていたエドだったが、
そのの凶悪な顔つきに紳士的恋愛技の失敗を直感し、「ちくしょうあのインチキ本」と唸る。
急激に脳が冷静さを取り戻し、羞恥に顔は赤を通り越して黒くなった。

そして恋愛技その3、跪き手を取り甲に口付けて潤んだ瞳で洗練された言葉を紡ぎ愛の告白!は、しなくて良かったと思った。
性格的にもさすがに躊躇っていたが、結果、命拾いをした少年エド。

ゆっくりとした足取りで近付けば、が顔を上げた。


「・・・よお、ネジは見つかったのか」
「ご、ごめん・・・」
「どこぞのセクハラ大佐の怪電波を受信したのかと思ったぜ」
「・・・うう」

エドは穴があったら入りたい、いや寧ろ地中深く潜りたい気持ちで顔を覆った。
そんなエドを見上げてはサイドの髪をかき上げ、銀のピアスを見せる。

「・・・ま、お前にしては良いセンスだ。特別に許してやる」

大袈裟な動作で手をどけの耳に見入ったエドは、徐々に目を見開き表情を明るめた。
もゆっくりと微笑む。

それは、今朝夢の中で見た甘く芳しいの表情と重なって。

・・・」

エドは歓喜に震えそうになったがその瞬間。

「拳骨10発でな」
一変して悪魔のようなの黒い笑顔に悲鳴を上げることになった。

「ギャ、ギャー!!悪かったって、ごめん!」
「謝罪だけで物事片付くんなら軍の存在意義は消滅すんだよクソガキが!」


は伸ばした手でエドの襟首を掴み、引き寄せる。
咄嗟に、反射的にエドは目蓋をきつく閉じた。


(・・・え?)


身構えていたエドに落ちた衝撃は、痛みではなく、とても柔らかなもの。
唇を掠めた温かい感触は。


「えええええええええ?!」


大声と共に目を見開いたエドは、襟首を離し悠然と立つを呆然と見詰めた。

・・・!?い、今の・・・?」
「ああ?何だよ」
「え?・・・あ、いや、・・・ええ?」


パニックを起こすエドを冷たく見下ろしてはさっさと身を翻し、建物の中へと姿を消した。
それを完全に固まったまま見送ったエドは、一度だけ唇にそっと触れ。



「は、白昼夢?」



現実だと認めるにはあまりにも甘く幸せな熱に、ただそう呟くしかできなかった。


















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130000キリリクありがとうございました、裕さん!
BLギャグ!ということでしたが、どうでしたでしょうか・・・(ビクビク
こんなんですが捧げさせてください・・・
ちなみにロイさんは「に長生きして欲しい」という理由だけで軍内禁煙を決定したとか。