鼻の奥をツンとつく慣れ親しんだ血の匂いだとか。
空気に染み込んで充満した、独特の、殺し合いの雰囲気だとか。
ただただどうしようもない程に好んできたもの達。

殺すとか奪うとか傷つけるとか奪うとか、そういったものしか知らない自分が、
アノヒトを好きなのだと気づいた瞬間。
優しくしたいのだと思ってしまった瞬間、は。

「冗談じゃねぇや」

無性に泣きたくなった。











く白鳥












「何してるんですかィ?」
「遊んでいるんだ」

非番の日。
何気無しに珍しく外に出た総悟が真っ先に出くわしたのは、川べりの土手で小さな子供と戯れるだった。
女の子に手を引かれ御飯事に付き合うかと思えば男の子にせがまれて鬼ごっこをする。
ああこの人はどうしてどんな場所でも誰と居てもそうして簡単に中心に立ってしまうんだろう、と、総悟は思う。
自然に、溶け込むように。

キラキラと水に反射する光は雛菊に吸い込まれるように集まる。
幾人かの少女がそれを摘んで花飾りを作っていた。

総悟が黙って斜面になっている芝生に腰を下ろすと、
は周囲にいた子供達に二言三言何かを話して総悟に近付いた。


「珍しいな、非番なんだろう?」
「偶にはゆっくりお日サンを拝むのも悪くないと思いやして」
「ああ、それは良いことだ。将来骨粗しょう症にならなくて済む」
「・・・・」
「何だ?」
「・・・はは、さんらしーや」

総悟は力なく笑って背後にゆっくりと倒れた。
柔らかい草がそれを受け止め、近くなった地面の匂いが体内に侵入する。
チラリと視線を動かせばの顔があった。

総悟ではなく、鈴のように笑いあう子供を眺めて微笑んでいる。
それは慈愛ではなく博愛でもなく、だからこそできる表情で、総悟はまた少し悲しくなった。
手の届かない存在だと思い知ってしまうのに、傍に居る事をやめられない自分はなんと愚かなのだろう、と。

「そういや、花の首飾りは愛のしるしだと、そんな歌を昔聞いたことがありまさぁ。
 湖の畔で嘆く白鳥の首にかければ、美しい娘になるという」

目蓋を閉じながら総悟は呟いた。
は総悟を見下ろしてクスリと笑う。
「どうした、らしくない」と言いながら総悟の細く柔らかい前髪に指を這わせた。
その手が総悟の目蓋に影を作り太陽からもからも隠したので、はその目蓋が微かに震えている事に気付けなかった。
さん」
「・・・ああ、何だ?」
「少し、そうしててくだせえ」
もう少しだけ、この近さで、触れていて。
自分から触れるなんて真似は、心に余裕がなければできないから。

暖かい空気に包まれて、総悟は先刻の事を思い出すように夢を見始めていた。







『松平のとっつぁん、そういう仕事を総悟にばかりやらせるのは賛同できない。アイツは機械じゃない』

近藤は真っ直ぐに松平を見据えて口を開いた。
真選組屯所の一室で、近藤と松平、そして総悟は向き合っていた。
松平が持ってきたのは総悟指名の任務、暗殺の依頼だった。

『暗殺に長けているのは沖田だ。ガキだといえ真選組の人間だ、甘えは許されねえんだよ』
松平の言葉に近藤がぐ、と喉を詰まらせる。
握り締められる近藤の拳にそっと視線を移して総悟は笑った。

『・・・気にしないでいいですぜィ、確かに局長や土方さんには向かない仕事でさぁ』
『総悟』
『それに性に合ってんですよ・・・闇夜に人の血をかぶるのは』

目に見えないものを見ているように虚ろに呟く総悟の声。
松平はサングラスの奥で目を細めた。
才あるからと子供まで巻き込む自分に少しだけの嫌悪感を抱き、そして振り払うように再び口を開く。
『午前零時決行だ。それでも構わねえな』
総悟はにこやかに笑って立ち上がった。

『・・・・夜まで散歩でも行ってきまさぁ』








「・・・・・・・・」
意識が覚醒しても、総悟は目蓋を開く事は無かった。
額に乗っていたの温もりは無く、目を開けばそこには居ないと知るだけ。
だからもう、少し、だけ。
「狸寝入りするな、目を覚ましたんならいい加減起きないと風邪を引くぞ」
「っ!?」
降ってきた声に総悟は閉じていた目蓋を大きく見開いた。
その瞬間網膜に叩きつけられた光景。
燃える、赤。

「おはよう」
「・・・お、・・・は、よう・・・ございます」

呆然と紡がれる総悟の言葉に、変わらず総悟の隣に腰掛けているは笑った。
そして無造作に手を伸ばし総悟の髪に絡まっていた草を指で取る。
半ば呆然とその動きに見入りながら総悟は、一瞬これも夢の続きなのかと思った。

体を起こして見渡せば、空はもう夕暮れで子供たちの姿も無い。
「随分付き合わせちまったなあ」
「全くだ・・・ホラ」
「・・・?」
「暇だったからな。作ってみた」

がその腕を総悟の首に絡ませるように伸ばし、そして去ってゆく。
残されたのは。

雛菊の。

「・・・首飾り」
あいの、しるし。

「暇だったから、だ。勘違いするなよ?」
「罪なヒトだィ」

軽く笑って総悟はに視線を向ける。
甘く、優しく、蕩けるような。

「でも、ありがてえや」


指先で持ち上げた首飾りにささやかな口付けを落として、総悟はうっとりと呟いた。







宵闇。
とある屋敷の中、折り重なるような屍のその向こうで。

「助けてくれ、ご、後生だ!」
「ああ、往生際が悪いお人だ。」

震える男の喉に切っ先を突きつけて総悟は優雅に言い捨てる。
更に何かを叫ぼうとした男に刃を突き立てて、赤黒い雨を全身に浴びた。

「・・・・・・・」
総悟は自分の頬に付着したソレを指で拭うと迷わず口に含んだ。
生臭い鉄の味に、口元には笑みが宿る。
しかし、その瞬間。

「・・・、・・・・あぁ、いけねえ」
視界に舞い込んだのは、赤く染まった雛菊で。

総悟は急激に泣きたくなった。
泣き叫びたくなった。
自分でもどうしてかは分からないけれど喉が枯れるまで泣き叫びたかった。
けれど表情は少し歪んだだけで、喉からは微かな嗚咽が漏れただけで。

「折角」
あいのしるし、だったのに。

自分はこうして血で汚すだけだ。
ヒトを斬る感覚は快感で、血の匂いも好きで、戦いは本能で欲するもの。
そんな自分があの美しい人を好きだとか、そんな感情を抱いた事がそもそもの間違いで、愚かだった。

「・・・・それでも、好き、だと」
思ってしまうのは、きっと罪だ。

総悟はそっと俯き微笑んで、刀を納めながら。


「悲しい話だィ」

儚い声で言った。
















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・・・140000リク、あ、ありがとうございます・・・カラさん!
いや、もう、そう!いっそ爽やかに罵ってください!こ、こんなものしか生み出せないなんて!
ぎゃー!もうどどどどどうしよう・・・シリアスなのはシリアスなんですが心の葛藤?は微妙・・・
こんなんですが受け取ってください・・・!

テーマ曲:花の首飾り