その日は晴天。

早朝の宿舎にて、真白で清潔なシーツに包まれ眠っていたは大きな音を立てて開いた扉にウンザリして寝返りを打った。
直後ドカドカと部屋に入り込んでくる足音に更にウンザリする。

「朝だぞー!起きろー!!」
「・・・う、るせぇ・・・くそエド」

エドはの上にかかっていたシーツを剥いで、カーテンを開き、窓を開け放ち、そして笑顔で振り返った。
お前はどこぞの新妻か、とが唸るのも無理からぬ話である。

ああくそ、と毒づいて仰向けになったは片腕で朝陽を遮りエドを見た。
自分を見下ろすエドの髪がまるで光を浴びた水面のようにキラキラしている。
意地悪をしたくなった。

「・・・キスしてくれなきゃ起きない」
「んな!?」
「冗談だ、ガキ・・・」

真っ赤になって慌てるエドに満足したは体を起こし立ち上がると微笑んだ。

文句を言おうとしたエドだったがの笑顔を前に何も言えなくなる。
大きく開いたままだった口を閉じて「狡い」とだけ呟いた。









空色ロマンティシズム










備え付けの洗面台で顔を洗ったが部屋に戻ると、テーブルの上には一人分の朝食が用意されていた。
そしてその足元には文献を広げ、既に読み耽っているエドの姿。

「・・・新妻ってよりは押しかけ女房だな」

濡れた前髪をかき上げてがそう呟くがエドの耳には当然届かない。
集中力が並みではないエドは最早隔絶された世界にいるかのようだった。

気だるげな足取りでテーブルに近付き椅子を引いて座れば、エドは小さな文字が躍る書面から目を離さずに口を開いた。

「生野菜、残すなよ」

その言葉には返さずにテーブルの上に並んだ皿を見る。
生野菜のサラダと二枚のパン、ベーコンエッグ、そしてミネラルウォーターとコーヒー。
は眉を顰めた。足先でエドの背中を蹴る。

「エド、テメエ。」
「栄養のバランスは大事だ。みたいにいっつも酒と肉料理ばっかじゃ早死にする」

やはり顔を上げないまま言い放つエドには舌打ちをした。
朝の風と陽の眩しさ。まるで真人間になったようで心が痛む。
乱暴にフォークを掴んでレタスに突き立て、口の中に放り込んで咀嚼しながら嫌味に笑った。

「“いい奥さん”になるだろうよ」

しかしエドは無反応だった。
部屋の中には食器が擦れ合う音と、エドが本を捲る音しか響かない。

嫌味が耳に届く前に本に集中し直していたらしく、は眉間の皺を更に深くしてミニトマトを口の中に入れた。





全ての皿を空にしてコーヒーを飲み干したは椅子の背凭れに体を預けて煙草を取り出した。
火と点けながら、そのうち禁煙しろと言われそうだなと考える。
吐き出す毒素に甘美さを感じるのは自分が病んでいるからなのか、には分からない。

足元のエドは分厚い本を片手に何かを呟いては広げた書類と見比べ、或いは書き込み、それを繰り返している。
横目でそれを見下ろしたは徐に爪先に一冊の本を引っかけ蹴り上げた。
パシリという軽い音を立てて手中に収めたそれは世界の神話について記したもの。
手当たりしだいだな、とは苦笑いをして硬い表紙を開いた。

哲学者の石、天上の石、赤きティンクトゥラ、第五実体(第5元素)。
賢者の石には複数の呼び名がある。幾人もの科学者や研究者達が生涯を捧げたにも拘らず名前さえ特定されなかったのが現実だ。
更には形状さえ分かっていない。石とは限らないし、気体という可能性もある。

「途方もねえなァ・・・」
、煙草。本を扱うなら消せよ」
「・・・お。終わったのか」

呟きに返されて本から目を離せば、エドは床に座ったまま伸びをした。

は少し考えて本をエドに手渡す。
煙草はまだ長く残っていた。

「休憩。・・・お、よしよし、ちゃんと喰ってる」

立ち上がったエドは満足そうに呟いて皿を重ね始めた。
顔を逸らして煙を吐いたはエドの横顔を眺めながら口を開く。

「まさかとは思うけどな・・・お前の手作りじゃねえよな」
「・・・え?」
「手作りか」
「な、何だよ!仕方ないだろ、が食堂のは不味いって言うから・・・!」
「朝っぱらから男の為に朝食作り・・・いくらなんでもお前の将来が心配だぞ、俺は」

がそう告げるとエドはかなりムッとした様子で重ねた食器を持ち上げた。
入ってきた時と同様に大股で扉に向かって歩いてゆく。

そして扉を開き背中を向けたまま、エドは告げた。

「そんな心配するくらいなら一生一緒に居ればいいだろ!」
「・・・・あぁ?」

扉の外に出て振り返ったエドの顔は異常なほど赤い。
目を見開いたを睨みつけ空いた手の人差し指を突きつけて怒鳴った。

「あと!体に悪いから禁煙しろよな!!」


返事を待たずして乱暴に閉じた扉。
は暫く呆然として、それから今のエドの言葉がかなりストレートなものだという事に気付いた。
指に挟んだままの煙草はゆっくりと燃えてゆき、灰がテーブルに落ちる。

「やっぱ言われたか、禁煙・・・」

床に広がったままの本を片付ける為にきっとエドは戻ってくるだろう。
目下問題は、それまでに頬の熱が冷めるかどうかだ。

「アイツ・・・自分の一生に付き合わせる為に俺を長生きさせようとしてんじゃねえだろうな・・・」

結局殆ど吸わないまま灰皿に捻じ込んだ煙草を見て、はもう一度顔を洗うべく洗面台に向かった。










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hitomiさんに捧げます。
楽しんで書かせて頂きました!気に入っていただけたら光栄です・・・!
リクエストありがとうございました!