「大佐、なんではヒューズ中佐にあんな弱いんだ?」


東方司令部、執務室。


エドの提出した報告書に目を通していたロイは、不愉快そうに顔を歪めた。


「自分で、本人に聞いたらどうかね」


返された言葉は、忌々しそうな響きが含まれていた。










                                               繋グ手・ヌクモリ・僕ヲ呼ブ声。






東方司令部、廊下。

「ヒューズ!来てたのか?!」

「よお、。元気そうだなー」


東方司令部に訪れていたヒューズには駆け寄り勢い良く抱きついた。
ヒューズは慣れた様子でそれを両腕で受け止め、の頭を優しく撫でる。


「あっはっはっは。相変わらず甘えん坊だな。」

「ヒューズ、いつまでコッチ居るんだ?」


ヒューズの手を握り締めは上目遣いで訊く。
ロイやエドに使えば、一瞬で下僕にでもできてしまいそうなほどの威力。だが。


「悪ィな。エリシアの誕生日が近いから今日の夕方には帰らなきゃなんねーんだよ」


さすが愛妻家兼親バカ。アッサリとそれをかわして笑顔で言った。
は目に見えてシュンとし、しかしヒューズの手は離さない。

離せない理由があった。

「・・・あの、さ。あの・・・今日、仕事か?」

遠慮がちに訊く。
俯いて。


「なあーに言ってんだよ。」

そんなの頭を、ヒューズは空いた手でポンポンと軽く叩いた。
が見上げれば、そこには満面の笑顔。

「おめーの誕生日だから、こっちに来たんだろ。」

その言葉には面食らって、暫らく反応できずにヒューズを見上げ。



「・・・・ありがと」


幸せそうに、照れたように笑った。







その二人の光景を影から息を潜め見ていた(というか偶然運悪く遭遇してしまった)エド。
勿論心中穏やかではない。

の変貌振りに対する驚きは今更ながらに大きいが。

(オレには、何も言わねえのに)

内心毒づく。

今日エドが東方司令部に来たのは、本当に偶然で。
しかもそれはエドがにただ会いたい一心で決まった事で。

の誕生日だというなんとも都合の良い事実を知っても、ここに居ることを喜べない。

想いに想いを返されることを、勝手だと知りつつも求めてしまうエドは、正直、面白くない。


(どうしたら)


思考は巡る。


(どうしたらオレは、近付けるんだろう)


ヒューズに?

違う。


に)


エドは、楽しそう会話しながら遠ざかっていく二人に、声を掛けることも目を向けることもできずただ、立ち竦んでいた。








「兄さん、どうしたの?に会えた?」

適当に時間を潰し宿に戻ってアルの顔を見ても、エドの気分は浮上することなく低迷したまま。
力なく首を横に振ってベッドに倒れ込んだ。

洗い立てのシーツの匂いが、逆に温かみも無くエドを包む。
それに顔を押し付けたままエドは呟いた。


「アル、の誕生日が今日だって知ってたか」

「え?そうなの?じゃあお祝いしなくちゃ」

「・・・いいんだよ、それは」


アルは不思議そうに首を傾げた。
日頃の事柄において、不器用ながらも必死なエドの意外な反応に疑問を抱く。

「でも兄さん」

「いいんだって」

続くアルの言葉にもエドは小さく答えるだけで顔すら向けない。


(いいんだよ、は今頃)

考えて泣きたくなる。

今頃きっと幸せそうに笑ってる。
それだけでいいと、思えないことが苦しい。


普段時間を惜しんで読む書物の数々さえ今は視界にも捕らえたくはない。
エドは震える目蓋を押さえ込むように目を閉じた。









コンコン。






微かに扉を叩く音がしてエドは目を開いた。
意識は覚醒しないまま身を起し、暗闇に沈んだ周囲を見渡す。

アルはいない。

(そういえば、ホークアイ中尉に用があるっていってたっけ)

エドは乱れた髪を解いて足をベッドから下ろす。


コンコン。


再び部屋に軽い音が響きエドは扉に目を移した。
瞬間。


ドンドンドン!!!


苛立ったように大きな音を立てて扉が叩かれ、エドの意識は引き上げられるように覚醒した。


「ハイハイハイ!!」

沈んだ気分の回復はみられず、加えて急かされる感覚に眉を顰めエドは大股で扉に近付いた。


「どちらさん!?」

怒鳴るように問いかける。
すると。


「俺様」


随分とふざけた返答に面食らい、次に慌てて扉を開く。
そこに居たのは、エドにとってこれ以上ない万病薬の。

!!」


、その人だった。


「ヒトの名前、目の前で叫ばなくても聞こえるっつうの。

 お前なんでいっつも俺の名前呼ぶとき声デカイんだ?」

不思議そうに、しかしどこか嬉しそうに言っては挨拶もなく部屋に入る。
エドは戸惑いながらも後ろ手で扉を閉めた。


の名を呼ぶ時。


(・・・それは、だって)

大きな声を出すのは、間違わずに届けばいいと思うからだ、とエドは思う。
此処に、傍に、自分が居るのだと知っていて欲しいから。

エドは声に出さず思いながらを見詰める。
は“アルはいないのかー”“灯りくらいつけろよ“等と言いながら部屋を見回し、ベッドに腰掛けた。

そしてそのシーツの温かさに気が付いてエドを見る。

「鋼、寝てたのか?」

「・・・ああ」

「そうか、悪い。・・・帰ろうか」

「・・・いや」


視線が繋がれば、まともに見てもいられなくなりエドは視線を外し答える。
中佐はセントラルに帰ったのだろう。
それをどこかで嬉しく思う自分に嫌気がさす。


そしてロイの言葉を思い出した。


“自分で、本人に聞いたらどうかね”




「ああ?」

暗い部屋はエドにとっては幸いだった。
の表情は上手く読み取れず、逆になんとか冷静にいられる。


は、どうして中佐に・・・弱いんだ」

はふむ、と考える素振りを見せた。そして口を開く。

「名前」

「は?」

「名前、呼んでくれたから」


「・・・そんなの」


オレだって。


エドは言おうとして、やめた。
根本的な差だと言われたら救われなさ過ぎる。


はギシリと音を立て、ベッドに横になった。


「俺さ、ヒューズに初めて会った時セントラルで保護されてたんだ。まあ、色々あってな。

 で、ある日脱走した。結構切羽詰ってた時期で・・・ま、その頃はヒューズの事もただの煩いオッサンとか思ってたし」


世間話の延長のように、は語り始める。

エドは身動きすらできずそれに耳を傾けた。


「でさ、街中で隠れてたらヒューズが来たわけ。汗だくでさ。

他の誰も俺を探してなんかないのに、ヒューズだけが」



目蓋をパタリと閉じては思い出す。

あの光景を。


「それで呼んだんだ。俺の名前を、大声で。

 いい大人が、他人の名前をさ。街中で人目も気にしないで必死に叫ぶんだ。・・・迷子の子供を探すみたいに」


何度も、何度も。


それは魔法だった。


心を縛る魔法。


「で、俺を見つけると力一杯抱きしめて笑うんだ。良かった、って。

 怪我はないか、とか、怖い目に遭わなかったかって訊くんだぜ?」


ここにいても良いのかもしれないと思った。

繋がれた手が暖かくて、泣き出しそうなほど嬉しくて。


「・・・あん時から特別なんだよ。」


例えば“誕生日おめでとう”の一言も、好きな人が言えば重みが違う。
微かにも、生まれてきた事を嬉しく思ってしまう。




エドの呼ぶ声に目蓋を持ち上げる。




もう一度呼ばれ、今度は視線を動かしエドを見る。

闇に浮かぶ金の色。
僅かな光を吸収して煌めく。



「何だよ、聞こえてる」


の返答にエドは拳を握る。
あんまりだ、と、怒鳴りたい。けれど。


「誕生日おめでとう、


それだけはちゃんと伝えたい。
エドはゆっくりとに近付いた。


「・・・おめでとう」


は少し驚いたように言葉に詰まり、それからゆっくりと微笑んだ。
綺麗だな、と、エドはそれを眺める。


「ああ、サンキュ」

そしては起き上がり、扉へと向かう。

「か、帰るのか?何の用だったんだ」

「用事は終わった」

「はあ?」

エドの素っ頓狂な声には忍び笑いをして振り返る。



「お前に、おめでとうって言ってもらいに来たんだ」

(お前も特別だから。)

言葉には出さず付け加える想い。

それが伝わったのか否か確かめる術は無いが、真っ赤になったエドの顔には満足げに笑う。

エドはハッとしたように口を開いた。


「お、おめでとう!!」

「ああ、聞いた。ありがとう」


ふわりと笑うにエドは心臓を大きく揺さぶられる。

そして。


「俺はさ、俺の名前を呼ぶお前の声・・・好きだぜ」



エドにしてみればのその一言こそが心を縛る魔法だった。





が去ったくらい部屋の中でエドは暫らく立ち竦んだ後、電池が切れたようにベッドに倒れこんだ。

鼻を掠める残り香。

「妻子持ちに負けるかよ」


うっとりと目蓋を閉じてエドは呟いた。








・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

殻須様連続キリリク大感謝!!

・・・シリアス、風味・・・ということでこんな風になってしまい・・・あわわわわ。

拙い文ですが誉の愛はこもってます!!スミマセン!!

それではありがとうございましたー。

・・・うう、気に入って頂けない予感・・・。