薄暗いバーに足を踏み入れたロイは店内を見渡した。
そしてカウンターに座る男の背中に視線を止め足早に歩み寄る。



「すまんな、待たせた」

「気にすんな」


短く声を掛け、男の隣に腰を下ろし簡単に注文をする。

そして再び隣の男に顔を向けた。


「で、わざわざイーストシティまで来て・・・話とは何だ。ヒューズ」

「相談がある」


ヒューズの言葉にロイは表情を険しくした。










深遠な
の淵











「大佐。手が止まってます」

「あ、ああ」

リザの声に脳を現実に引き戻され、ロイは慌てて手元に視線を落とす。

思い出していたのは、に初めて会った時のことだった。

何かを考えて、ロイはリザに視線を移した。


「中尉。をどう思うかね」

唐突なロイの質問にリザは眉を顰めるが、暫らく考えた後、微かに微笑んで。


「笑顔が、似合う方だと」


そう答えた。


ロイは満足そうに頷いた。


笑顔が似合う。それはつまり、いつも笑顔だということではない。

ただ実際に微笑むは人の心を掴み、また周囲もの笑顔を愛し、望んでいる。

が微笑むことを。の幸せを。

だからには笑顔が似合う。ロイは思って、笑った。


安いラブソングのようなフレーズが心地良かった。


「だが私は、初めてを見た時人形の様だと思ったものだよ」

「人形?」


何気なくロイが言った言葉にリザは表情を変えた。

ロイという人物から聞くには有り得ない表現だった。ロイがを好いているのは周知の事実。

そのロイが、を“人形”と簡単に口に出したその意図をリザは理解できなかった。


「そう。だがおかげで私は強くなった」

遠い記憶を見詰めながら呟くロイ。




意識はまた、引き摺り込まれていった。








「子供を保護していた?お前が?」

ロイはグラスを落としそうになりながら叫んだ。

静かに流れる店内のBGMは何のフォローにもならずロイの言葉が響く。



「ああ、ひょんな事で関わった事件でな。んで、セントラルで保護してたんだが・・・最近様子がおかしくてよ」



ヒューズはグラスを弄びながら呟いた。普段騒がしい分、静かに話すヒューズはどこか知らない人間に見える。

ロイは一度だけ深く瞬きをして酒を一口飲んだ。


「具体的には?」


「噂では聞いただろ?最近16のガキが国家錬金術師になったって。」

つい先日ロイの所属する東方司令部にまで舞い込んだ噂をロイは思い出した。



「ああ。なかなか有望だと聞いたが・・・・まさか、ヒューズ」




“子供が驚異的な成績で国家錬金術師の試験を合格した”

ただ実力だけでは本当に軍の狗に成り下がるだけだ。
噂を聞いた時、その子供もその類だと気にも留めなかったが・・・。





「そのまさかさ。・・・そのガキだ。名前をっていうんだけどよ。

 才能があるって気付いた途端、軍の連中はそれまでの無関心を一変させて軍に引き摺り込みやがった。

 それでオレが知らないうちに接触しては汚い仕事をさせてるみたいなんだ」




軍のやり方を身に染みてよく知っているロイは、気分が悪そうに視線を逸らす。

子供まで、巻き込むのか。

表立って声を立てれない自分が心底憎い。



本人に聞いたのか」



その感情を悟られないように視線を逸らしたままロイはヒューズに問いかけた。


「あいつは言わねーよ。だから厄介なんだろうが。

 ・・・だけどな、目に見えて顔つきが変わってきやがった。」



お人好しで世話好き。
損な性格を持った親友を持つのはもっと損だ。


ロイは頭を掻いて覚悟を決める。

どうこう思い悩んだ所でその親友を手放す気など無いのだから、時間の無駄だ。




「それで、相談とは?」


をオメー直属の部下にしてやってくれ。兎に角、セントラルから遠ざけたい。」


「根本的解決にはならんだろう」


「それでも、さ。オメーは頭もイイし軍内部・・・とくにお偉いさんから嫌われてるからな。
 
 の仕事も今よりは格段に減る筈だ。このままじゃヤバい。」





そこまで黙って聞いていたロイはある事に気付いて、片手を上げてヒューズを黙らせた。

そして多少顔を引き攣らせながら恐る恐る口を開く。



「・・・・ということは、ヒューズ・・・まさか・・・」

「勿論、連れてきてるさ」



満面の笑顔で言い放ったヒューズに、ロイは見事に項垂れた。










店を出て向かったのは、ヒューズが使っている宿舎の一室だった。
ヒューズが扉を開くと部屋の中は真っ暗だった。

本当に人が居るのか、とロイはヒューズを睨む。
しかしヒューズは全く意に介さず部屋に足を踏み入れた。

廊下を進み、突き当りの部屋に入って電気を点ける。


その部屋には、ソファーに足を抱えて蹲る少年が居た。




、電気ぐらい点けろよお前」


「ヒューズ・・・!」


呆れたようなヒューズの声には顔を上げ、そしてヒューズに駆け寄り抱きついた。
胸の位置に顔を押し付け、強く。


まるで他の全てが、自分を傷つけるものだと言うように。


ロイは無言でただその光景に見入っていた。

優しくの髪を撫でるヒューズがどこか羨ましかった。





「・・・お帰り」

そっと顔を離し、呟いたにヒューズは二カッと笑う。

つられるように笑ったにロイは目を見開いた。



それまで出会ったどんな女性も綺麗で、心臓を鷲掴みにされたような感覚。

人間に“笑う”という行為があるのは、全て彼の為だと言われれば納得できてしまうような。


強烈な、光。






「おう、ただいま。ホレ、コイツがロイ・マスタングだ。」



しかしヒューズがそう告げて視線でロイを見るように促したその瞬間、その光は消えた。

「・・・・」


代わりに見せたのは、煌めく深遠の青。
敵意も興味も無く、まるでそれは人形のようで。




“目に見えて顔つきが変わってきやがった”


ヒューズの言葉を思い出しロイは眉を顰める。


内心は酷い言葉を羅列していた。




狸どもめ、子供まで戦場に連れ出し心を奪うのか。

必ずそこから引き摺り下ろしてやる。・・・私の大人としての良心のために、誓って必ずだ。







「・・・・どうも」

フイ、とは視線を外しそれだけを呟く。

「・・ああ・・・」

ロイもその無礼と取れる態度を責めることはできなかった。



ただ漠然とロイは思う。

ヒューズが無条件での幸せを叶えようとするのは、なにもヒューズの優しさだけではない。

そうさせるだけの引力がにあるのだ。




そしていつかの垣間見せた微笑を、もしも自分に向けることができたら、と。

願うようにロイは考えていた。











暫らくして、大きな反対の声も上げられる事無くは東方司令部に異動となった。

ヒューズがただの為に手を尽くしたのだろう。

晴れてにおける全権をロイに委ねられた。
















「大佐、なにか心配事でも?」


再び掛けられたリザの声にロイは少しだけ口元を緩めて首を振る。


「いや、ただ思い出していただけだ」

失われそうになるたびにあの時のの顔を思い出して蘇えらせるもの。

それはロイの中の正義。

夢を見ず、理想を見る為に。

そして。


「よおロイ!ちゃんと仕事してっか?」




を幸せにすると誓った自分を裏切らない為に。)



豪快な音を立てて扉を開き入ってきたを、ロイは笑って迎え入れた。











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ロイ夢・・・?つうか、誉は一体何が言いたくて・・・・。

一応これでも主人公の過去話なんです。がロイの部下になる経緯みたい・・・な・・・・。

ネタバレにならない程度に・・・。あわわ。ゴメンナサイ雄樹さん。

こんな意味不明の文ですが捧げさせてください。

必要でしたら床に額擦り付けて土下座します。恩を仇で返してしまった・・・・。

それではありがとうございました。