太陽が姿を消すこの時刻、黄昏。
世界は眩しい光に包まれる。

けれどそれはいつかは消える光。

待つのは宵闇。
静かに深く目蓋を覆うような。













ーン・ウォーカー・ビビット














「アラ、隊長?まだいらしたんですか?」
無人だと思っていたその部屋に人影を見て、松本は少しだけ驚いたように目を見開いた。

隊首室の大きな窓の目の前で、橙色の光に体を染めながら日番谷は振り返る。


「待ってるだけだ、気にするな」


優しく微笑む日番谷のその表情が待ち焦がれる相手を顕著に物語り、松本は「そうですか」と微笑み返した。
そして踵を返す。馬に蹴られるのは御免だった。


しかし。


「だが丁度良かった、お前も待っていろ」
「・・・」

襖に掛けた松本の手が、止まった。
怪訝そうに日番谷は見詰める。

「何だ」
「馬に蹴られて、死ねと?」
「何故そうなる」

不機嫌に呟いた松本に少しだけ笑って窓の外に目線を戻す。
窓の至近距離で吐く日番谷の息は硝子を曇らせ、それは秋の折り返しの訪れを示唆していた。
日に日に気温は下がり、反比例して空は澄んでゆく。


「まあ、いいですけど。・・・が来るんでしょう?」

松本はソファーに腰掛け手にしていた書類を手近な机の上に置いて、腕組をする。
豊満な胸が惜しみなく強調されるが、日番谷は慣れたもので気にも留めない。
可愛くないガキ、と松本は思った。

(どうせ今の隊長の頭の中はで一杯なんだろうけど)

呆れたように頬杖を突く松本のその読みは的中しており、
日番谷は緩む表情を必死で隠していた。


「ああ、なんでも贔屓にしている甘味処の餅を持ってくると言っていた」
「珍しい。いつもは独り占めしたがるのに」

は餅を、日番谷はを。
松本は二重の意味を込めて言う。

「今日は特別だからな」
「?」

背を向けたまま腕を動かし、日番谷は窓の脇に置いた花瓶を指差した。
そこに揺れるは。

「・・・ススキ。・・・なるほど、そういえば」
今夜は中秋の明月。


でも、と松本は少しだけ眉を顰めて日番谷を見た。


「今日は少し雲が多いですよ」
がこれだけ張り切ってるのに、無粋な真似はできねえだろ・・・天も」


いやに自信ありげに告げた日番谷の背中を見て
松本は少しだけ照れてしまった。




「待たせたとーしろーーーー!!」



その時ズバーンと襖が開いて、待ち焦がれた相手が登場した。










「えーこれが月見団子、んで月餅なー。
 で、なんか店の可愛いオネーサンが沢山サービスしてくれちゃってさ。
 みたらし団子と黒胡麻団子、これがきな粉な?あとさっき恋次に貰った(実際は奪った)タイヤキだ!」

ドサドサと広げられるその量に、日番谷は既に胸焼けを起こしそうになって視線を逸らした。
お茶をひと啜りして深く息をつく。

松本は女の子らしく喜んでいるが、
「これであとは酒よね」という台詞で台無しになったりした。

太陽はすでに静かに沈み、部屋の中にはおぼろげな蝋燭の光が揺らいでいる。
月はまだ姿を見せない。

少しだけ不安そうに窓の外を見上げる松本の目に映るのは、深い闇。
その隣に居たはクスリと笑って松本の長く美しい髪に指を通した。

「松本チャン、いいもんあげようか」
「・・・え?」
「ホラ」


ん、と握った掌を差し出すに困惑しながら
松本も掌を出す。

そこに落とされたのは。


「・・・・金平糖?」
「綺麗だろ?星みたいで・・・松本チャンに似合うと思って買っといたんだ」
「気障ね」
「フフン、様になってるだろ。惚れてもいいよ」
「遠慮しとくわ」

それこそ馬に蹴られるから。
声に出さずに呟いて掌の星を見詰める。

僅かな光に反射してキラキラと光っていた。


「月はちゃんと出るから、気長に待とうぜ」


暢気にそう言ってはみたらし団子を日番谷に差し出す。
少し躊躇いながらもそれを食べる上司に苦笑いして、松本はを見た。

「どうしてわかるの?」
「だってこの俺がこんだけ張り切ってんだ。出なきゃ無粋ってもんだろ?」


驚いて松本が日番谷を見てみれば、日番谷も心底驚いたように目を見開き固まっていた。
そして次の瞬間には真っ赤になって団子を口の中に詰め込む。

聞かれていたのか、それとも通じ合っているのか。
どちらにしろ気恥ずかしく幸せで。


呆れたように日番谷を見詰め松本は、
この二人は他の誰の邪魔も許さないほどお似合いなのだと実感した。

しかもそんな二人をこんな傍で見守れるこの位置は
もしかしたら特等席なのかもしれないとさえ。



「二人とも、見ろよ。満月だ」


が窓を背にそう告げれば、松本と日番谷の視線が天に昇る。
月を背負い微笑むに、目が奪われた。

「・・・、・・・」
日番谷は無言でその光景に見入った。
喉の奥に留まる甘さが、また違った甘美さを孕む。


自分を見つめる日番谷に気付いたはニヤリと笑った。
そしてわざとらしく“しな”を作ってみせる。

「オイオイ、満月でオオカミに変身なんてベタな事すんなよ〜?」

そして松本もいつもどおりそれに加担した。

「隊長、セクハラは許しませんからね」

「・・・お前らそれがセクハラっつうんだよ!!」





太陽が姿を消すこの時刻、黄昏。
世界は眩しい光に包まれる。

目蓋の奥の網膜に焼き付けられる輝きと煌き。
その残り香のように皓々と月が姿を現す。

宵闇に光を忘れるなと、誰かが告げるように。










..........................................................................................................................

相互記念夢・・・です。これでも、そうなんです。
うう、花音さん。こんなですが受け取っていただけると嬉しいです〜・・・