青よ。遥かな青空よ。
この僕を抱きしめて。
雲を駆けるこの僕を。
空を泳ぐ少年
月光号に乗ってはや数日。
けれど流れる青空に目も心も奪われたまま、はうっとりとしていた。
憧れの景色。自由の形。雲を突き抜けたその先が、今目の前にある。
「・・・・最高」
呟いた。
ほうっと溜め息一つ。
いっそ扇情的とも言えるその様子に少し離れた場所に立っていたホランドは頭を掻いた。
「・・・いちいち、無駄にヤラシイんだよ、テメエは」
の耳にも届くように少しだけ大きな声で言ってホランドは歩み寄った。
そしてまだ視線を返されないことに眉を顰める。
「・・・聞いてんのか」
「オッサン、煩い。っつうかオッサンの目の方がヤラシーし、セクハラ。」
オッサンとかセクハラとかゲッコーステイトのリーダーに向かっていい度胸じゃねえか、とホランドは思ったが
頬を紅潮させて興奮気味に窓の外を眺めるは可愛いとも思った。
思ったら負け。
「お前、地面に残してきたモンとか無いんだな」
反論する代わりにホランドはそう呟いて、の視線を辿り窓の外を見た。
ホランドにとってそれはいつもの景色。
そういやぁ俺も最初は興奮したな、と思い出す。
はホランドの言葉にやっと顔を向け、ホランドの横顔を見詰めた。
「残す?」
「・・・そうじゃなきゃ、簡単に離れることなんざできねえだろうが。」
ホランドはまだ、縛られる想いがある。残す心がある。迷いが、あった。
だから今も地面を懐かしみ続ける。
迷いも何も無くただ空を目指すを羨ましいと思うのは一種の老化だろうか。
自分はそう在れないとどこか諦めている。
「違うよオッサン。僕は残してきたよ。沢山、いっぱい」
は楽しそうに笑って窓に背を向けた。そのまま窓枠に体を預ける。
見上げるは天井。無機質で、どこか安心する蓋だ、とは思った。
「親も、友達も全部。置いてきたよ」
何でもないように言いながら心の中では苦笑いを零す。恨まれてるだろうし、嫌われただろうな、と。
ホランドの視線がゆっくりとに移った。
「僕はさ。・・・僕は自分が一番好きだからさ。結局とことん甘やかしちゃうんだよね。
誰かの為の妥協なんてできないし、そういう“嘘”は苦手なんだよ。嫌いなんだ、そういうの。」
見詰める眼と、返す眼。繋がる視線と意識の共有。
のピジョンブルーの双眸がホランドの心臓を鷲掴みにした。
心を攫われるその感覚に眩暈する。
片手で顔を覆うホランドを一瞥してはフ、と短く笑った。
「しっかりしてよオッサン。こんなガキ相手に人生相談なんて終わってるよ?」
「・・・・ッ、誰、が!」
「なあんでタルホはオッサンがいいんだか。僕のが良いと思うんだけどなー」
「な!」
の発言にホランドは目をカッと開いて一歩詰め寄った。
「ま、僕は誰かの一番じゃなきゃ納得できないし奪う気も無いけど」
「・・・」
心を明け渡しても、お前は応えないくせに。
奪うだけ奪って返さないままなにも見返りなどないくせに。
ホランドはそう思って表情を険しくして沈黙した。
ギブ・アンド・テイクじゃなくノットギブ・オンリーテイクだ。
自己中心的で空気を読まず無神経で。けれど瞳に根深い絶望を湛えていて。
目が離せない。
ホランドはのリフを思い出す。
荒々しく乱暴で、けれど途方も無く楽しそうで。どこか悲しい光景。
誰にも何にも縛られること無く、依存もせず空を泳ぐ。たった独りで。
それは自由ではなく孤独ではないのか、と、ホランドはいつも思っていた。
「今回の波、デカイんでしょ?楽しみ」
「・・・・」
「何。言いたいことがあるなら言えば?僕そういうの嫌いなんだけど」
「別に。・・・俺も楽しみだと思っただけだ」
ホランドはそう言うと欠伸をした。
が。
「ムーンドギーと遊ぶ約束なんだ。」
「・・・・一緒に滑るのか」
の言葉に欠伸は途中で止まり、口を開けたままホランドは愕然とした。
誰かとリフティングしているなど見たことは無かった。
しかもそれが自分じゃないのに腹が立った。
の孤独を打ち破るのは自分だと、心のどこかで自負していたのだ。
あのクソガキ、とムーンドギーの顔を思い出し舌打ちをする。
「俺も当然入れるよな」
「はあ?タルホとかエウレカとか居るだろ」
解せない、といった感じのをホランドは睨む。
ちょっと怖いんだけどオッサン、とは数歩下がった。
「・・・・入れろ」
「いいけど、ヤキモチ?」
「そうだ」
はまた数歩下がった。
からかうのを目的とした発言をなんの戸惑いも無く肯定されてしまい、何だよそれが大人の余裕ってヤツ?と口を尖らせる。
「ふうん、いいけど僕のリフって平和的じゃないから気をつけたほうが良いよ。」
「奇遇だな、俺もだ」
後日リフティング中にムーンドギーはホランドにボコボコにされた。
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愛だけじゃ文構成その他諸々の才能はどうにもなんねえよ、ホランド。という話。